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「急げ! バカがラリって飛んだぞ」  その言葉でハッとなる。 「もしかして……」  ソウゴは思い出す。いつか居酒屋でケンイチはこんなことを言っていた。 「気持ちよかった」  あれはルナとの行為の感想を言っていたのではない。ルナから紹介された薬を使った感想だったのかもしれない。そう思うと、あの日、ルナが「誰にも言わないで」と念を押したことにも合点がいった。それならば、戻るのは一週間まえじゃダメだと思った。ルナとケンイチを出会わせてはいけない。ソウゴの身体を衝撃が襲う。時間が巻き戻る。ソウゴの目のまえをケンイチとの朝のやり取りが通りすぎ、時間が再び動き出そうとする。 「ダメだ! あと一日。たのむ!」  それは無理やりな行為だった。七日以上の時間の逆行に耐えられずソウゴの身体が引きちぎれそうになった。今、意識を繋げたら、また同じことのくり返しだ。ソウゴは昔のように身体を縮め痛みに耐えた。空が暗くなり、そして再び明るくなった。 「はあ、はあ、はあ……」  ソウゴの意識が繋がる。スマホを確認した。八月二十三日。 「やった。成功だ」  七日まえではなく、八日まえに戻れた。この日はまだ、ケンイチとルナは出会っていない。それならばマッチングアプリでケンイチより早くルナを見つけて、ケンイチがマッチするまえに自分がルナとマッチングしてしまおう。そうすることで、ケンイチを救うことができる。七十四回目の死はおとずれない。ソウゴは、数万件あるプロフィールを血眼(ちまなこ)になって探し、ルナにメッセージを送信した。彼女の目的が薬の販売ならば、相手が誰でも簡単に返事をするはずだった。ソウゴの考えが的中した。 「はじめまして! よかったら電話しませんか?」  ビンゴ。ケンイチの役を今度は自分が担えばいい。ソウゴは即座にOKした。 「ふう」  八月二十四日、朝七時。ルナとの日付をまたいだ長時間の通話が終了した。スマートフォンはケンイチからのメッセージを受信しない。 「やった」  今度こそ未来が変わった。代わりにいつも通りのマミからのモーニングコールを受ける。
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