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今度こそ! 何がなんでも!
仕事を終えマンションに帰宅した愁田は、スマホを置き、窓を閉めると、ベランダに出た。
隣との隔て板を見て、確認する。
いない。今日こそ完璧だ。
深夜零時を回っている、もう誰も出てくることもないだろう。
今度こそ! 何がなんでも! 決行する。
愁田は固い決意で空を見上げた。
月はまあるくて微笑んでいるように見える。
頬にあたる少し強い秋の夜風も心地よい。
なんて、俺の最後に相応しい日なんだ──。
愁田は微笑んだ。
もし、生まれ変わることができたなら、真っ当な人生を歩ませてください。
愁田は両手を合わせ天に祈ると、ベランダの手すりから身を乗り出した。
その瞬間、風が強く吹き身体がほんの僅かふわっと浮き上がった。ように、感じた。
愁田は慌てて宙に浮いた足をコンクリートの床に戻した。
うわぁぁぁっ……危ない……。なんだってあんな強い風が吹くんだ。下に落ちるところだったじゃないか。死んでしまうだろう。
あっ……何を考えてるんだ。まったく俺は……。
愁田は舌打ちをした。
思えば、このベランダの十階から飛び降りることに決めるまでどれだけ考え尽くしたことか──。
愁田は思い返した。
一番初め、鴨居に釘を打ちつけて、そこにロープをかけて首吊りをしようとした。
ロープを垂らして輪にしたら、どう見ても床に足がついてしまう。それじゃあもっと高い所をと、ロープをかける場所を探しているうちに、独り者の自分はすぐに発見されないだろうなということに気がついた。
連絡が取れない俺を殺しに闇の組織が来たとしても、そのままにするだろう。ということは、おそらく腐臭がしてから気づかれ発見されることになる。それでは隣近所に迷惑をかけてしまうかもしれない。それも嫌だなと愁田は思った。
他の方法を考えた。
車に飛び込むか?
しかし、飛び込まれた方こそいい迷惑だろう。
人のいい愁田は諦めた。
崖から飛び降りるのはどうだろう? しかし、もし万一どこかに身体が引っかかっることもあり得ないとは限らないじゃないか。仮に命が助かってしまったら引っかかった所で悶え苦しみ続けて死ぬのか? いや垂直の崖にしたらどうだろう? しかし、落ちた先が柔らかかったりして、もし万万一、生き残って獣に襲われでもしたら怖くて痛いじゃん。そうだ、下が海だったらどうだ? いやいや生き残ってしまって泳いでいるうちに鮫に襲われたらどうする?
他にもあれやこれやと思案したがどうにもしっくりこない。
闇の組織の指示で仕事としては殺し屋ができる癖に、自分のことになると考えあぐねてしまう愁田だった。
そして、結局このマンションの十階から飛び降りることに決めたのだ。
ここは、俺がやっと決めた死に場所だったんだ。しかし、ここも迷惑をかけてしまうか……やむを得まい……。
愁田は都合よく解釈した。
愁田は両手を合わせ再度天に祈った。
どうか、どうか、飛び降りてすぐに気を失って苦痛なく逝かせてください。
愁田は何回も深呼吸した。
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