佐野部長代理と部員の久木田さん

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 佐野(さの)さんが印刷して渡してくれたシナリオに目を通す。あらすじは、集合の連絡が来たときに添えられていたけれど。 『ビックリ!バーン!ウワー、キャー!ドキドキ、最後は大丈夫、みたいな』  あらすじとは名ばかりで、全く筋のわからない擬音の羅列に言葉を失うしかなかった。これは、本当に大学三年生の手に書かれたものなのか。不安が押し寄せたが、実物の脚本はちゃんとしたセリフのやりとりになっていて、胸をなでおろした。 「内容はハチャメチャですけど。一応形にはなってるんですね」 「一応な。空想なんだから、現実じゃありえないことやりたいだろ。いいよなー、周りの人間が続々と奇病に倒れる中、オフィスビルに取り残された二人。追い詰められて吊り橋効果出るよな。付き合う?」 「いきなりですね。ええと、返事は」  さっき出てきたな、と脚本をたどる。ここか。 「彼氏いるんで」 「いないだろ?」 「私はセリフを読んだだけです。あなたが書いた」  脚本にない問い返しに抗議した。 「フィクションと現実の線引きはきっちりお願いします」 「それができるんなら、映画とかドラマの共演者同士恋愛したり、結婚したりしてなくない?」 「よくわかりませんけど、現実に目を向ければ自然とフィクションは夢の世界だと知れませんか」  体育館は古く、おまけにエアコンが壊れていて、空調の整った快適なオフィスビルとは程遠い。私にしても、背も低く、特に人の印象に残るような特徴もなく、プロの俳優さんたちのような華のある容姿とは比べるべくもなかった。佐野さんはというと。特別イケメンでもないけれど――でもまぁ、なんていうか、私ほど地味でもない、うん。じゃないかな。 「暑すぎる設定だけはどっちも一緒だな」  首にかけたフェイスタオルで額を拭う。 「この暑さでフル稼働してたら、壊れるのもわかりますね」  窓と扉を全開にして、風通しはよくなっても否応なく汗ばんでしまう。直射日光じゃないだけ屋外よりマシだけど。 「蝉がうるさいなー」  貸し切りの体育館で二人きり。でも、一般人の私たちに吊り橋効果から始まるロマンスは無縁だろう。
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