佐野部長代理と部員の久木田さん

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 結局、奇病自体がフィクションで。外に飛び出て踊っていたのはその人自身ではなく、フェイク動画を作っていたという、手の込んだ、全社をあげて試作した体験型アトラクションのお試しをサプライズでやらされたというオチがシナリオにはついていた。 「この体験型アトラクションの目的は、暑いを禁句にして、真っ裸という限界状況を突き付け背筋を冷やせば納涼に――というか、途中水ぶっかけてたところが一番涼しそうでしたけどね」 「それ。水かぶるのが一番手っ取り早いって」 「壮大な体験型アトラクションをあっさり否定ですか」 「そうだけどそうじゃないんだよこれが。水かぶるのはバーチャルではできないし、体験型アトラクションの意味あるじゃん、な」 「なるほど。映像だったにしても、真っ裸(まっぱ)というのは、いいんでしょうかこのご時世」 「別に映像でも実際でも見せるわけじゃねえし。語られるだけの想像だろ? そういうのはな、久木田。想像する方がどんだけって話だぞ。恥ずかしい想像する方がやらしいんだぞ~」 「この暑いのに、よく人をからかう元気がありますね」 「暑いからこそだ。暑さ以外に気を向けないとやってらんないじゃん」  暑い、と叫びながらステージ上にごろんと佐野さんが転がる。 「一応、拉致られるとかも考えたけど、真っ裸(まっぱ)の方がインパクトあんじゃん? ていうか言っててすっげえ不思議になったんだけど。なんで真っ裸(まっぱ)? 素っ裸もおんなじ状態なんだから、『スッパ』でもよかったわけだろ? じゃあこれからはスッパでいくべきじゃね。スッパの時代だよな」 「果てしなく、どうでもいいです」  あまりにどうでもよすぎて力が抜け、私も板張りのステージに背中をつけた。 「やだやだ久木田の意見が知りたい~」 「うっとうしくて暑さが増します」 「オレしつこいからな。なんか答えるまでつきまとうぞ? うっわどっから出てきたそんな大きな溜息、よくそんな小さい体で体育館を埋め尽くすほどの息吐けたな」  こんなどうでもいい話に、どう答えてどう思われようとどうでもいいので全くの適当だった。 「梅干しが、すっぱいからです」 「は?」 「スッパを使うと、すっぱムーチョだのスッパマンだの、スッパがつくものと縄張り争いを起こしてしまうので、マッパが採用されているんです」  ほどなく、高い天井まで爽快に突き抜ける笑い声が弾けた。 「久木田最高。無限にしゃべってられるわ」  すぽんと抜かれた栓を吹き飛ばす炭酸飲料のように、爽やかな笑いが勢いよく体育館中に満ち満ちて、騒音でしかない蝉の声を一掃してくれた。つられてひととき、私の口元も緩んだ。 「なあ」 佐野さんがこちらに身を転がしてくる。のぞき込んできたときは真顔だった。
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