佐野部長代理と部員の久木田さん

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「こんな暑かったら、脱ぐしかなくねえ?」 「真剣に聞かれたので真剣にお答えしましょう。どうぞ私が帰ったあとにいくらでも、お一人で」 「やらねえわ。空想だから許されるものもリアルにやったら捕まるわ」  つまらなそうにゴロゴロ戻っていく姿が芋虫っぽい。 「氷に戻った久木田は、あと一回暑い言ったらアウトだからな」 「アウト、とは。まさかシナリオのように真っ裸(まっぱ)を強要するつもりですか」 「待て。スマホ構えて通報態勢で白い目向けんなよ。違うから、飲み物買ってきて。暑いから」 「さらっと口にした自分のことは堂々と棚に上げられるところ、さすがダメ男ですね」 「役ね? 役なだけで、オレではない」 「いいですよ。暑いんで。私も飲みたいし」  暑さと喉の渇きが耐え難くなってきていた。ステージを降りて、床置きのトートバッグから財布を取り出すと、ステージ上に胡坐をかいた佐野さんの目が丸くなっている。 「え~、なんかオレ今きゅんとした。なんで? 急に素直に久木田がワガママ受け止めてくれたから?」 「たまたま利害が一致しただけです。つまり気のせいですよ」 「じゃあ聞くけどさ」  ひょいと佐野さんも床に飛び降りる。私の行く手が遮られた。 「付き合う?」  自分と私に交互に向けた指先を面白そうに往復させる。口が開くに任せて回答した。 「彼氏います。いませんけど」 「なんだよーオレの考えたお断りのセリフ使うなよー」 「とりあえず。マジ暑いんで。行ってきます」  自分ではちゃんと歩いているつもりだったのだけれど。ジャマな佐野さんを避けようとして足がもつれた。 「わ。大丈夫か」  傾いた体を受け止めてくれた腕に、意外と反射神経いいなこの人、とぼうっとする頭で妙に感心した。
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