山の声を聞く

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「生きるとはそんなもんなんじゃないか? わしは何かしたくても何もできないからな」 「変な奴だな。何もできないのに不満はないのかよ?」 「何もできなくても、わしはそれなりに幸せだと思う。何もできない時間もそれなりにいいこともあるからな」 「へぇ。何もできないんなら俺が崖から飛び降りても何もできない訳だ」 「ああ。そうだ。そんなのはもう何度も見てきた。何かできたことなど一度もない」 「ふうん。悔しくないのか?」 「悔しいとか悔しくないとか、どうにもできないのだからどうしようもあるまい」  俺はそのまま歩き、昔懐かしい川に辿り着いた。小石を拾って川に向かって投げる。 「俺さ、父さんに申し訳ないんだ。母さんを早くに亡くして男手一つで育ててくれたのに反抗ばかりして。親孝行もできないうちに父さんはあっさり死んで」 「いいじゃないか。誰も彼も何かしら後悔はある。後悔があるから幸せとか求めるんじゃないか?」 「父親みたいな言い方するんだな」 「似たようなものだからな」  二つ目の小石を川に投げる。 「なぁ姿を見せてくれないのか? ケチがついたから死ぬのは延期する。せめて姿を見せてくれよ」 「すでに見せてる。お前さんはわしの上に立っている」 「はは。何言ってんだ? 山だとか言いたいのか?」 「そうだ。わしは山だ。わしは動けん。だから会いに来てくれ。話し相手が欲しいんだ」 「変な奴だな。山なら山でそれでいい。たまに来てやるよ。死んでなきゃな」 「なら今夜は帰るんだな。山を降りるまでわしが案内する」 「ああ。お山さん頼むよ」  その晩、俺は山の言うままに降りて町中まで下りたら警察に保護された。別れたはずの彼女が連絡の取れない俺を心配して通報したとのことだ。  不思議なことに寄りを戻して俺は彼女の部屋に居候することになった。仕事も解雇され部屋を追い出された俺と寄りを戻したのは、お節介などではなく、ただ発破をかけたかったからだと彼女は話してくれた。別れ話のつもりなどなかったのだと。俺は俺の欠点を一つ知った。人の話をちゃんと聞いていないのだと。
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