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何とか食いつなぐための仕事も見つけてから一月、彼女に父親との思い出の山に行ってくると生き場所を告げて、俺は再び山に来た。
「お山さん、聞いているか?」
前と同じ洞穴の前。小さな声で呟く。
「聞こえておる。また死にに来たのか?」
「いや……。なんか生きていけそうになった。死ななくて良かったと今は思ってる」
「そうか。ならわしの愚痴を聞いてくれんか?」
「いいよ。でも日が暮れる前に終わらしてくれ。彼女が心配する」
「分かった。……わしはな、動けないから何もできない。ここで誰かが死んでも何もできないし、山火事が起きても何もできない。雪崩が起きても何もできない。長い長い時間、自然の摂理と生き物の生き死にを気が遠くなるほど見てきた。山とはそういうものだ。だがな、なぜか最近寂しいのだ。久しぶりに来たお前さんを見て寂しくてたまらなかった。あぁ、なぜわしに死はないのだろうなと寂しくなった。人は、死を選び取ることもできる。わしの身体にその血も染み込んでいる。ただ、お前さんを見たとき何千年も発することがなかった言葉が出た。なんでか分からんが、お前さんと友達になりたいと思ってしまった」
「自殺しようとした俺と?」
「ああ。この山は、道も舗装されていないし、持ち主もいない。だから、お前さんの親父さんが穴場と言ったのだろうが、そのせいで人は全く訪れない。お前さんが久しぶりの人の来客だった。幼い頃楽しそうに遊んでくれたお前さんがな」
「俺……楽しそうじゃなかったろ?」
「楽しそうだったよ。お前さんの生い立ちは知らぬが自然に触れているとき、親父さんと釣りやバーベキューをしているとき、間違いなく楽しそうだった」
「俺は……楽しくなんか……」
「お前さんは目を背けているだけだ。お前さんは楽しかったんだよ」
俺は俺のことが分からない。俺は楽しかったんだろうか。
「さて、愚痴は終わりだ。また来て話を聞かせてくれ。もうしばらく山の気紛れに付き合ってくれ」
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