山の声を聞く

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山の声を聞く

 ザッザッと靴底の音が夕闇の中響く。こんな場所にこんな時間に人がいるとは思わないだろう。亡くなった父はここは穴場なのだと幼い俺をよく連れてきてくれた。キャンプだったり川釣りだったりスキーだったり。父のことはあまり好きではなくて、振り回されているように感じていた。だが、今なら何となく分かる。子供に寄り添おうと一生懸命だったのだと。 「ここだ……」  辿り着いた洞穴。父とのキャンプの最中、見つけて秘密基地だとはしゃいだ場所。その洞穴の奥に入り腰を下ろす。 「あ〜あ。なんにもいいことない人生だったなぁ」  俺がここを訪れた理由。それは自殺をするためだ。会社も首になり、恋人に振られ、家賃が払えず部屋を追い出された。ここで死んだら俺の遺体はしばらく見つからないだろう。このまま世の中の誰からも忘れられて消えていきたい。  なけなしの小銭で買った缶コーヒーを開けて口をつける。 「みんな、どうやって生きているんだろうなぁ」  世の中とは、どうにも生きづらい。配慮しろと言うわりに世話を焼いたら鬱陶しがられ、大人しくしていると何もしないと言われる。人生なんて盛大な空回りだ。  缶コーヒーを開けてポケットの中からカッターナイフを出す。これで手首を切ったらジ・エンドだ。  キリキリと刃を出して、それをじっと見る。 「なぁ聞いてくれないか?」  突然に聞こえた声に俺はカッターナイフを落としてしまう。 「誰だ!?」  立ち上がって周囲を見回しても誰もいない。 「姿など気にするな。夜になれば姿などどうでもいい」 「なんだよ……。死ぬなとかそういうこと言うつもりかよ?」 「かもな。お前さんは昔は楽しそうにしていたのにな」 「昔ってなんだよ……」 「よくキャンプに来ていたろ?」  俺は洞穴の外に出る。日は沈んだが、空はまだ赤紫に染まっている。 「この辺の奴か? ここらへんには民家もないはずなのに」 「この辺の奴かと言われたらそうだな。幼いお前さんを知っているくらいの年齢ではある」 「ハッ! 幼い俺かよ……。愛想もなくて大して笑わない可愛気のない俺が」 「そんなことはない。よく笑っていた」  父に対して反抗ばかりして、友達のいない俺が心から笑うことなんてなかったはずだ。こいつは何を言っている。 「目が腐ってるんじゃないのか?」 「そうかもな。大分年だしな」  俺は、あてもなく山を歩き出す。幸い、空は晴れて月明かりと星明りが足元を照らす。 「俺さ……、もう何していいか分からないんだ」  どうせ死ぬんだからと打ち明け話をはじめる。姿の見えない相手になら言えることもあるだろう。
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