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「まあ、そんな雰囲気だからね」
「だろう?」
男は苦笑しながらうなずく。
「ねぇ、あなた、名前は?」
「……サルヴァ」
サルヴァは低い声で名乗った。
「いい名前ね。あたしはリータ」
サルヴァはちらりと視線を投げて尋ねる。
「下界にいるのか?」
サルヴァが尋ねる。
「ええ。あなたは?」
「俺は上界だな」
「上界っていったことがないのだけれど、どんな感じなの?」
リータは興味津々といった顔で、尋ねてくる。
「俺から見て、上界も下界も大して変わらん。貧しかろうがそうじゃなかろうが、人の負の感情はどちらにも存在している。完全に消し去ることなんか、できないしな。強いて言うなら、上界の方が、質が悪い」
サルヴァは低い声で吐き捨てた。
「え?」
「目に見えない形で闇が蔓延っている、と言ってもいいかもしれない。狡猾で、他人の首を真綿でじわじわと絞めるような。面倒なやり方が横行している。腹立たしいことこの上ないがな」
サルヴァは忌々しげに顔を歪めた。
「この国に、正義の味方なんて、いないのよ」
リータの呟きに、サルヴァはうなずく。
「そうだな。俺達はただ、己の手を穢し続けることでしか生きられないだけだ。戦いの中に身を置いていなければ、落ち着かない。というのは俺が思うだけだが」
「そうとも言える……かもしれないわね。戦場でしか生きられないのよ、きっと」
リータが苦笑する。
サルヴァは思う。
――この国は果たして、幸せと一括りにできるような場所なのだろうか? いつも誰かが泣いていたり苦悩していたりという姿を見てきている俺からすれば、そう言い切れない。上界だろうが下界だろうが、人の闇は巣食っている。完全に排除できなくとも、少しの手助けはしたい。俺にできるのはそれくらいだ。
酒を呑みながら、無表情になったサルヴァ。
その変化に気づいたリータは首をかしげる。
――なにを考えてるの? 驚いたわ、それにかなりいい男じゃないの。こんなに綺麗な人が、暗殺稼業なんてどうしてやっているのかしら? 知りたいわねぇ。
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