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〜8月の行方〜
僕たちはいつも、話題に尽きることはなかった。
宇宙が、空が、森が、海が……すべてが僕たちの言葉から生まれ、一体化していた。
そう、まるで僕らが世界の中心に在るかの如く…
ただ、僕には一つだけ気がかりなことがあった。
それは、どんなに楽しい話をしている時でも、ザビオは時折、どこか寂しげな表情を浮かべることがあった。
彼はその理由を、決して口にはしなかった。
彼はとても強がりだった。
僕は彼のギターを愛した。
彼の好きなビートルズを愛した。
そして僕は、いつかザビオと言う少年を愛していた。
人はどこから来るんだろう…
人とは何者なんだろう…
人はどこへ向かうと言うんだろう…
それは僕らの、尽きることないテーマだった。
僕たちはいつだって、自然を感じ、内なる声にそっと耳を澄ましていた。
だけど、世の中には分からないことが多過ぎる。
汚いことや不道徳なことが、僕たちの周りにはあまりにも多過ぎた。
僕は真っ青な空を仰ぎ見た。
ザビオは傍で一言言った。
「俺はあの時、空が綺麗だ…って、そう言いたかったんだ」
珍しく、少し照れたようにしながらそう言ったザビオの肌は、やっぱりこの日も透けるように白く、陽を浴びてキラキラしていた。
このままずっと、こうして二人でいたかった。
ここに留まりたかった。
僕はこの日、どうしてもザビオと別れるのが嫌だった。
「またな…」
ザビオはいつもみたいに片手を挙げて、先に屋上から去って行った。
それが、僕の見た、ザビオの最後の姿だった…
ザビオが死んだ。
僕は目覚めた朝、直感的にそう感じた。
彼は昨夜、眠っている僕の元へ来たのだ。
僕の布団の上にミシミシとのしかかり、そうして僕の顔をしばらくの間覗き込んでいた。
彼の顔がだんだん近づいてきて……
僕たちは、微かに唇を重ねた。
が、やがて僕は苦しくなって、たまらず吐息を漏らした。
その刹那、彼はスーッと僕から離れ、いつか、消えてしまっていた…
それが単なる夢だとか、金縛りなんかじゃないと、僕は咄嗟に感じていた。
あれは真実だ。
ザビオは僕の元へ、別れの挨拶にやって来たんだ。
時間になっても起きて来ないザビオのことを起こそうとして、お母さんが行った時には、もう冷たくなっていたそうだ。
彼はまるで眠っているかのように、そのまま逝ってしまった…
僕は後から後から涙が溢れてきて、哀しい、と言うよりも寧ろ悔しかった。
そして、彼と過ごした最後の時間を、何度も思い出そうとした。
僕はイエスタディを聴いた。
ザビオがよく、好んで弾いていた曲だった。
そうして僕は、ザビオの透けるように白く、華奢だった腕の感じや、深い深いオリエントブルーの美しい瞳や、ぶっきらぼうにも関わらず心地よく耳に響いていた声を思い出していた。
そしてあの晩…
ザビオが僕の元へやって来て、微かに触れた冷たい唇の感触も……
ザビオは、そう、思えばいつも儚げだったような気がする。
その美しい目はそこに在るものをすり抜けて、どこか遠くを見つめているかのようだった。
それは多分……空だ、と僕は思った。
ザビオはおそらく、空に還ったのだと…
最後に見たザビオの背中は、今にも消えてしまいそうなくらい、幻のようにも思えた。
そしてそれは現実となって、今の僕を哀しませるのだ。
僕は、開け放たれた窓の向こうに広がる青空を見た。
心地いい風が吹いてきて、流れるイエスタディのメロディが、空の色に溶けていく…
ザビオの音だ、と思った。
〈Fin〉
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