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 翌日は美容師訪問日。髪をカットしたい女性は多く、廊下に受刑者達の列が並ぶ。亜由美は担当美容師にベリーショートを希望。この刑務所では耳を出してはいけない規定がある。  何てことのない普通のショートカットになった彼女は部屋に戻ると驚嘆した。三人共自分にそっくりな髪型になっていたからだ。  四人は短くなった髪を触りながら顔を見合わせた。眞子が笑う。 「これじゃ、後ろから見たら見分けがつかないじゃない」  ボソッと呟く寿美。 「そんなことないと思うよ。身長や体型が違うから」  眞子は身長156センチで普通体型。理恵子は150センチでかなりポッチャリ。寿美は170センチで足が長くスレンダー。亜由美は153センチで体重38キロとガリガリである。  ただ、パジャマのような受刑服を着ていると、身体の線が分からないので眞子と亜由美は時々、刑務官に間違えられた。  四人は仲が良く、消灯時間を過ぎてもヒソヒソとお喋りが止まらない。  ある夜、出所を間近に控えた理恵子が言った。 「ねぇ、私、決めたことがあるんだけど」  隣の布団の中、眞子が理恵子に顔を寄せた。 「何を決めたの?」 「住む場所」 「どこ?」 「男鹿」 「男鹿って何県?」 「秋田県」  理恵子と向かい合わせに寝ている亜由美がうつ伏せ状態で枕を掴み顔を上げる。 「なぜ秋田?」  同じ姿勢で理恵子が答えた。 「昔、テレビで秋田県の男鹿市を観たの。凄く綺麗な海だったから住みたいなって思ったの」 「ふーん」 亜由美の横に寝ている寿美が顔を傾げる。 「でも、田舎でしょ?仕事先があるかな?」  理恵子は「分からない」と首を振った。 「でも、頑張って探す。みんなと暮らしたいから」  眉根を寄せる亜由美。 「みんな?」 「うん。眞子と寿美と亜由美、みんなで暮らしたい」 「私は……」  亜由美がそこまで言いかけると「いいねー!」と眞子が枕を叩いた。 「この四人なら、今度こそ薬に勝てる予感がする。ねぇ、亜由美も寿美も一緒に暮らそうよ」  高い位置の格子窓から差し込む頼りない薄明かり。寿美と亜由美は互いを見合った。  そんな二人を眺めながら眞子が「ふふっ」と笑う。 「あたし思うんだけど、罪人に自殺の権利はないと思う」 「「えっ?」」  顔を向ける亜由美と寿美に、眞子は口角を上げた。 「だって、死んだら楽になるじゃない?それって罪からの逃げだと思わない?そんなこと被害者家族に対する非道だよ。あたしが被害者家族なら、生涯罪を背負って苦しんで欲しい。生きて地獄を味わって欲しい。そう思うから」 (逃げ……)  寿美が言った。 「生命犯には死ぬ権利もないってこと?」 「そうだよ。死んだら罪は終わり、でも生きるってことは罪に後悔し償い続けることになる。ねぇ、アンタら、ずっと苦しめよ。苦しんで、のたうち回れよ」 「ぐっ」 亜由美は唇を噛む。それは寿美も同じ。 「だけど、一人じゃない」と眞子は言った。 「側には、あたしがいる。理恵子がいる」 「うん」と理恵子も頷く。 「ずっと四人で苦しもうよ」  出所の日、理恵子は三人にこう告げ、刑務所を去って行った。 「私は三人の居場所を秋田に作ってみせる。だから安心して出所して」  翌年、眞子が出所。彼女はこう言い残した。 「手紙を送る。逃げたら許さない。必ず秋田に来て」 『死ぬことは逃げ』  運動場、バスケットを楽しむ受刑者達を眺めながら寿美は呟いた。 「いつから壁のシミを数えなくなったんだろう?」 「えっ?」 横に立つ彼女を見る亜由美。寿美も彼女に顔を向けた。 「あたしは一人が好きだった。群れる奴を弱いと思ってた。だけど今は、アンタと会話している時間が壁のシミを数えている時間より大切だと思える。 こんなの、自分らしくないって思う。でも間違いなく自分だ」 「寿美……」 「もし、アンタが死んだらって考えてみたんだ。そしたらさ、母親が死んだ時より悲しかった。こんなあたしは間違ってるかな?」  亜由美は俯き首を振る。 「私も同じこと考えたわ」 「亜由美の気持ちが知りたい。あたしが死んだらアンタは悲しい?」 「……胸が」 亜由美は両手で顔を覆う。 「張り裂けそうに悲しいわ」 「そっか……」 寿美は晴天の空を仰いだ。 「命ってこんなに重いんだね。アンタと出会わなきゃ、ずっと知らないままだったよ」  顔を覆ったままの亜由美からくぐもった声がした。 「寿美……お願いだから死なないで」 「その台詞、そっくりアンタに返す」 「眞子の言った通り、死ぬことは逃げなんだよね?」 「うん」 「なら、私にできることは一つしかない。生きて犯した罪を懺悔するしかないの」 「あたしも同じ。でも神様にたった一つだけ許して欲しいことがある」  両手を退けると、亜由美の視界に映るのは寿美の酷く悲しい笑み。彼女は言った。 「あたし、アンタと生きたいよ」  
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