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佐倉の家は、新築の建て売り物件を購入したと、すぐに分かる家であった。外観は白と黒、他に似たような四角い家が何軒か並んでいる。築浅で二、三年という所か。
しかし、ここは世田谷区、閑静な住宅街で立地条件も良い。かなりな高額物件だったと予想できる。
佐倉の仕事は?と資料を確認してみる。そこには会社員とだけ記載されていた。まあ、収入は高い方だろう。妻の亜由美は専業主婦だと言ったし、料理教室に通える程の余裕があるのだ。
「こっちは貰えるもんを貰えばいいだけ」
亮介は、黒い玄昌石に白文字で佐倉と書かれた表札を指先でピンっと弾いた。
翌日から調査は本格的になる。今日は金曜日、亜由美が料理教室に行く日だ。
佐倉宅からニ、三軒先の、なるべく電信柱の影になるように車を停めると、亮介は亜由美が出てくるのを待った。
午前十時五分、白い玄関扉が開き亜由美が姿を見せる。白いトップスに淡いブルーのカーディガン、トップスと同色のパンツスタイル。
髪は栗色のセミロング。顔は写真でも拝見したが、かなりの美人だ。彼女は白いフィアットに乗り込み直ぐに車を発進させる。
まずは対象者の行動を良く知らなければならない。彼は車の後を追った。
車は予想通り、ドリームキッチンの契約駐車場に停められた。運転席が開き、彼女が降りて歩いて行く。車内からじっと亜由美を観察する亮介。スタイルも抜群に良い。見れば見る程に依頼者に疑問を投げる自分がいた。
(いけない、こんな事を考えている場合じゃない。彼女はお札の元なのだ)
十三時、一人のスクール友達?と一緒に亜由美がビルの自動扉を開いた。細身で金髪のセミロング、少し目がつり上がりキツい印象を持つ、だいぶ若そうな女性だ。動物に例えるならキツネ。妻と同じで性格の悪い女だと予想する。
亜由美はキツネと近くのオープンカフェでお茶をしてから別れ、また車に乗り込む。
十四時四十五分、スーパーで買い物。ここは家から一番近いスーパーだ。レジ袋を両手に車に乗り込み、帰宅。
一週間、調査した結果、亜由美が外出するのはドリームキッチンに行く火曜と金曜だけ、スーパーには週にニ回しか寄らない。まとめ買いタイプなのだろう。そのニ回はかなり荷物が多くて重そうだ。
亜由美にどうやって近づくか?考えなくても答えは決まっている。
翌週の火曜日、亮介の姿はドリームキッチンにあった。ここの代表者である有名料理家、白石薫が教室の皆に彼を紹介した。
「今日から、この教室の生徒さんになります、東亮介さんです」
薫が亮介を見てニコリと微笑む。薫は、とてもふくよかだった。さぞかし美味しいご馳走を食してきたのだろう。二十顎と、エプロンでも隠せない腹の膨らみが幸せそうだ。
「宜しくお願いします」
無精髭を綺麗に剃り、髪を短髪に整えたエプロン姿の亮介が頭を下げる。
顔を上げて生徒達を見回す。人数は十人、皆、女ばかりだ。全体的にぽっちゃりが多いような……。その中に亜由美がいた。彼女は細いし綺麗で目立っている。
「さあ、今日の料理は昔ながらの肉じゃがにします」
薫の言葉と同時にスタッフがニ人、それぞれの調理台に食材を並べてゆく。どうやらニ人一組のグループに分かれているようだ。調理台は全部で五台あった。亜由美はキツネと一緒。
亜由美と同じ班でなければ意味がない。名前は出さず五班にして欲しいと薫に頼む亮介。「あら、そう」最初、薫は不思議そうな顔をしていたが、笑顔で快諾してくれた。
さあ、いよいよ最初の顔合わせだ。亮介は亜由美とキツネに腰を折る。
「東亮介です。宜しくお願いします」
先にキツネが挨拶した。
「こちらこそ宜しくね。坂下杏里よ」
後を追って亜由美が頭を下げる。
「さっ、佐倉亜由美です。宜しくお願いします」
彼女は恥ずかしそうに頬を染めている。最初としては中々のスタートだ。
三人で協力して肉じゃが作りに取りかかる。キツネは亮介にジャガイモの皮むきを頼んだ。手渡された白いピーラー。亮介には初めて見る調理器具だ。彼はピーラーを表裏とひっくり返して眺めた。
亜由美がクスリと笑う。
「もしかしてピーラー初めて?」
「はあ。そうなんです。料理なんかした事なくて」
キツネが聞いた。
「じゃあ、何で料理教室に来たのよ」
「それは、最近、離婚したからです」
「離婚?」
キツネと亜由美が同時に目を丸くする。亮介は後ろ髪を撫でようとして止めた。手を洗ったので雑菌は禁止。
「そうです。で、コンビニ弁当ばっかになっちゃって、これじゃあ栄養的に悪いなと思い自分で作ってみようと思いました」
「どうして離婚……」
キツネがそこまで言いかける。それを亜由美が止めた。「それ以上はプライベートな事だから失礼よ」
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