卑怯な呪文

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 そばにいれた時間は僅か。まだ足りないが、これ以上はまずいと理性を働かせて氷月は心を落ち着かせる。  しかし、それは玲の言葉によっていとも簡単に崩された。 「おまえのあと一回って願い。その一回はもう終わりになったのか?」  突然のことに氷月は珍しく眉根を寄せる。いったい何を言っているのか理解が追いつかない。それでも、玲は止まらなかった。 「何分とか時間は決めてなかったろ。じゃあ、その一回。まだ、終わってないよな?」 「玲……?」 「ほら、氷月。まだ……続いてるぞ?」  そう言って玲は両手を広げる。その姿に氷月はヒュッと息を止めた。先ほどからその言葉の真意が分からず、氷月は混乱している。しかし、そんな頭とは裏腹に体は正直だ。欲望のまま玲を抱きしめた。 「……っ!玲!」  強く抱きしめるその腕の強さに玲は顔を歪めるが、それでも逃げずにそのままでいる。そして、そっと口を開いた。 「なあ……もうやめろよ。あと一回って、逃げるの。そんなこと言わなくても、おまえの願いを拒否ることもないし。それに、一回きりなんて寂しいだろ?」  抱きしめられたまま、ぽんぽんと氷月の頭を優しく撫でる玲。氷月はようやく気づく。ああ、自分はなんて臆病者だったのだろうか、と。  この腕の中にいる玲は、そんな脅しのような言葉を使わなくても一緒にいてくれる。 「氷月、苦しい」 「あ、ああ……ごめんよ」  玲の訴えに氷月は慌てて腕の力を緩めると、顔を上げた玲と目が合う。その顔が愛おしくて氷月は自分の欲が溢れるのがわかった。このままずっと、自分の中に閉じ込めたい。そんなことを考えて、彼は気持ちを言葉にする。   「玲……僕は」 「うん?」 「まだ、足りない。だからその……“もう一回”抱きしめても、いい?」
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