卑怯な呪文

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卑怯な呪文

 一生のお願いとはよく聞く言葉だ。  何かをどうしても成し遂げたい時、相手に懇願する時、そのフレーズをよく耳にする。  しかし大抵の人は軽い気持ちで使っているだろう。  「いったい何回一生のお願いと言うんだ」とつっこまれる事もあるだろう。  それほどに人は欲張りで、身勝手な生き物だ。  しかし、ある男は違った。  数多の欲に塗れながらも、口に出した約束は一度も破らない。  そう……ただの、一度も。 「ああ、その顔……いいね!ねえ、あと一回僕に見せて?」  目の前で澄んだ青色の瞳をキラキラさせながらそう言うのは、深みのある青髪に整った顔立ちの男。17歳の氷月(ひづき)という名の男だった。  その彼が迫るのは、黒髪に黒目の同い年の少女。眉根を寄せて氷月を怪訝そうに睨む(あきら)だった。 「本当に相変わらずだな、おまえ」 「ああ!ありがとう見せてくれて!これでまた一つ僕の願いが叶ったよ」  そう言う氷月は恍惚とした表情を浮かべて玲の前に手を差し出す。玲が更に眉根を寄せていることなど気にもしていない彼は、言葉を続ける。 「さあ、行こうかMy Fair Lady(我が麗しの姫)」  気障ったらしくそんなことを口にして、氷月は玲を待つ。無理やりになどするわけがない。そんなただの身勝手な行動は氷月の意に反する。  そんな彼のことが理解できるから、玲は大きくため息を吐いた後にその手をとった。 「おまえには諦めってものがないんだな」 「いやだな、そんなことはないさ。僕も手に入れられなくてウズウズするものはあるんだよ。そう、きみのことさ!」  オーバーリアクションで天を仰ぎながら言う氷月。その姿に玲はまたしても呆れた。そんな玲の態度に氷月は顔をパァッと明るくさせ再びこう口にする。 「いいっ、すごくいいよ、その冷めた態度!」 「本当変態だよな」
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