【第一部】1.常備薬を忘れた夜

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 短く息を吐きながら、なんとか立とうともがくも、彼の腕に押さえつけられて身動きが取れない。 「すぐに無理して立たなくてもいいから…… 西見(にしみ)、悪いけど俺の鞄と上着取ってきてもらえるか?」 「ああ、それは構わないが。その彼、足をケガしているようだぞ。折れてなきゃいいけど」 「……君、エレベーターまで歩ける?」  視線を巡らせると、ちょうどにしみ、と呼ばれた同僚らしき男が背を向けて、足早に階段の扉から出ていくところだった。ぼんやりとその方向を眺めていたら、ふいに顎を取られて持ち上げられ、目の前の男へと無理やり意識を引き戻された。 「顔色が悪いな……痛いのは足だけ?」 「……」  正直言えば、足より頭が痛い。問うような視線を向けられ、正直に告げるべきか一瞬迷った。でも余計な事を言って、これ以上わずらわせるわけにはいかない。 「大丈夫です。業務用のエレベーターが、すぐそこにあるんで……」  社員が使うエレベーターホールまでは少し距離があるが、業務用なら階段のすぐ横にある。 「じゃあ行こうか」  一人で下りようと思ったのに、彼は俺を支えたまま荷物運搬用エレベーターに乗りこむと、地下一階の管理室まで付きそってくれた。  管理室には、顔見知りの警備員が待機してた。俺の姿を認めると、大あわてで事務所の中に招き入れ、椅子をすすめてくれた。そして俺は靴を脱がされ、簡単に足の状態をチェックをされた。 「少し腫れてきているようだし、こりゃあ病院で診てもらったほうがいいな」  警備員が白髪交じりの頭をかきながら立ち上がると、その隣で様子を眺めていた彼が、神妙な顔で口を開いた。 「たしかこのビルの近くに、夜間外来も受け付けるクリニックがあったはずだ」 「あの、医者とか別にいいんで……」 「でも酷く痛むんだろう? 骨にヒビでも入っていたらどうする」 「……」  俺は頭痛がヤバすぎて、足とか正直どうでもよかった。
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