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津和はこうやって、俺が出社する日は必ず、処方薬と市販薬の両方を持ったか確認してくる。
(どっちが効くか、そのときの頭痛によって違うっていうのも、不思議だよな)
頭痛には種類があって、処方薬が効くタイプと効かないタイプがある。そして効かない場合は、市販薬が効く。たまに両方飲まなくては治らない場合もあれば、両方飲んでもあまり効かない場合もある。頭痛の対処は非常に難しくて、痛みの感覚であたりをつけて飲むしかない。
(今日は少し、痛くなりそうだな)
頭痛の予兆は感じるから、そういうときは無理しないように、気をつけて一日過ごす。ラッキーなら、痛みが出ないまま過ごせるときもあった。今日の体調では、本当は早く帰宅したほうがいいのだけど。
「じゃあ行ってくるよ」
車通勤の津和は、フレックスで十時出社の俺よりも、先に家を出なくてはならない。玄関まで見送りにいくと、靴を履き終えた津和が、心配そうな表情でこちらを見た。
「なんかあったら、すぐ連絡して」
「わかったって。大丈夫だよ、薬もあるんだから。ほら、遅れるから早く行けよ」
一緒に暮らす恋人に対して、つい素っ気ない態度を取ってしまうのは、照れ隠しもあるが、心配かけたくないのもある。
「キスしてくれないの」
「しねーよ。早く行けよ……」
「わかった、俺からする」
手首をつかまれ、簡単に引きよせられると、朝にしては濃厚なキスをされた。
「……早く行ってこい」
「うん。帰り迎えにいくからね」
今夜の飲み会参加は、反対されなかった。そもそも今回の仕事を引き受けるときも協力的だった。でも津和は心配する……そして世話を焼きたがるのだ。
俺はこのまま、彼の優しさに甘んじていていいのだろうか。
「千野さん、ちょっといいですか」
社内で声をかけてきたのは、同じプロジェクトのプログラマーである太田さんだった。俺が雇われているITベンチャーの社員で、新卒入社でまだ一年も経ってないのに、今回のプロジェクトの進行役をまかされているすごい人だ。
「この機能なんですけど、今担当いただいてる部分と似てるので、おまかせしてもいいでしょうか」
「あ、はい。もちろんです」
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