【第二部】1.仕事の付き合い

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 一緒に仕事して二週間経つのに、太田さんと話すときは、いまだに緊張感が抜けない。俺が長いこと在宅ワークばかりで引きこもっていたから、人付き合いが苦手になっているのもあるが、太田さんの淡々とした物言いや態度が、少し関係してなくもないと思う。 (俺も人と話すの、そんな得意な方じゃねーし、向こうもからみづらいって思ってるかもな)  今のところ仕事に支障はないが、なにかあったときに気軽に相談できそうなタイプではない。 (まあ考えても、しかたないよな)  今は与えられた仕事を、きちんと仕上げることに集中するしかない。 「千野さん、今夜の飲み会ですけど」  隣の席の金森さんから声がかかる。太田さんと同期らしく、同じプロジェクトで同じくプログラマーだ。俺と一緒に分担する部分が多く、たくさん助けてもらっている。 「よかったら七時ごろに、他の何人かと一緒に会社出ませんか。場所がわかりにくいみたいだから、どうせなら皆で一緒に迷おうかと思って」  迷うことが前提なのが笑いを誘う。金森さんは、とてもフレンドリーで話しやすい。 「はい、是非。俺も方向に自信ないんで助かります」 「今のところ、全員方向音痴なんですよねー……あ、そうだ。相川さーん」  ちょうど通りかかったのは、営業部の主任の相川さんだった。どこかへ急いでいる様子だったが、金森さんの気さくな呼びかけにも嫌な顔ひとつせず、立ち止まってくれる人格者だ。 「どうした、なんかトラブルでもあったか?」 「やだなあ、違いますよー。ま、トラブルになるのを防ぐって意味でも……今夜チームの連中と集まって出る予定ですけど、相川さん一緒に来ません? 俺たちだけだと、道が不安なんで」 「いいよ。千野さんも一緒ですか?」 「はい」  ふと相川さんの視線が動いたので、その先を追うと、手持ちのタブレットに視線を落とした太田さんの姿があった。どうやら彼的には会話は終了し、業務へ頭を切り替えたのだろう。俺は聞きたいことがあったので、相川に軽く会釈して太田さんに向き直った。 「すいません、太田さん。この部分なんですが」 「ああ、ちょうどそこの説明をしようと思ってて……」  太田さんは説明しようとして、ふと近くにいた相川さんの存在を認めると、言葉を切って露骨に眉を寄せた。
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