神にとって命はみな同じもの、ただそれだけ。

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「おめでとうございます。貴方はチャンス賞に当選致しました」  高らかなラッパの音が、そこかしこから鳴り響く。吹いているのは背中に羽を生やした天使たちだった。 「は? チャンス賞?」 「はい。あなたにはあと一回、生まれ変わるチャンスが与えられたのですよ」  そう言ったのは染み一つない真っ白なスーツを身に纏った、とても背の高い男だった。二メートルくらいはあるだろうか。男はにこやかな笑顔を顔面に貼り付けて、呆けたように突っ立った俺を見下ろしていた。 「どうして俺に?」 「どうしてと言われましても、厳選な抽選の結果でとしか申し上げられませんね。貴方様はよほど日頃の行いが良かったのではないですか? この賞が出るのも、かれこれ数百年ぶりくらいですし」  スーツの男は本当におめでとうございますと重ね重ね告げてきた。 「このチャンス賞について簡単にご説明致しますと、貴方様は今の記憶を引き継いだまま、新しい命に生まれ変われるのです。つまり知能は成人男性のままからのスタートになります。次の生を始めるにあたって、これはかなりのアドバンテージといえましょう」  男が流暢な語り口調で話し始めた傍ら、俺は秘かに拳を握りガッツポーズを決める。  まさか自分に生まれ変わるチャンスが巡って来ようとは、何とも運がいい。  俺は生前を思い出しながら、口端が吊り上がりそうになるのを何とか堪えた。  俺はまだ二十代も半ばにさしかかったあたりであっさりと死んだ。  首を縄で絞められたまま吊り下げられ、しばらく放置されたのだ。  簡単に言うと絞首刑、つまり死刑だった。  確か、七人ほど人を殺したのだったか。  正確な人数はあまり覚えていない。  男や女、子供から老人まで。  それは無差別に殺した。  逮捕された時、君はどうしてそんな残酷なことをと、飽きるくらいに何度も動機を問われたが、正直、特に理由はなかった。  そうしたかったから、そうした。  ただそれだけだ。 「──説明は以上になります。さて、どうなさいますか? チャンス賞を受けるのも受けないのも貴方様次第です。我々は無理強いなどするつもりはございませんので」  男は丁寧な所作で軽くお辞儀をした後、こちらの答えを静かに待つ。答えはすでに決まっていたが、俺は少々迷う素振りを見せてから、控えめな声音で告げてみせた。 「受けるよ。きっとこんなチャンスは二度とないだろうし、俺も次の人生こそはきちんと天寿を全うしたいからな」  俺の答えに「それは良かった」と、男は満面の笑みを浮かべて応える。高い背丈をさらにぴんっとなるように上へ反らして、白いスーツの襟を正した。 「せっかくの賞が無駄にならずに済みそうですね。貴方様の二回目の命、我々一同心より祝福致します」  ファンファーレのように、再び天使たちから一斉にラッパの音色が飛びかった。  俺は来世の自分に思いを馳せる。  スーツの男も言ったように、記憶が引き継がれるとは何とも幸運なことだ。  赤ん坊からやり直すにしても、前世で培った経験やノウハウを活かせるのなら、次の人生ではもっと上手くやれるはずだ。たかだか二十数年っぽっちで死刑を受けて死ぬなどというヘマをやらかさないように、今度は綿密な計画を立てたうえで、念入りに準備をして事を運ぼう。 「では、今から貴方様を地上へ送り返します。眩しくなりますので目は瞑っていてくださいね」  男が指示した途端に、ぱあっと自身の身体が光を帯び始める。俺は素直に瞼を閉じた。 「それでは良い来世を。貴方様の次の旅路が、願い通り天寿を全うできるものであるよう、我々も祈っております」  紳士然とした男の声が遠ざかっていく。俺は自身の身体が徐々に丸くなり、収縮していくのを感じ取っていた。同時に意識がだんだんと薄れていく。  次に目が覚めた時、それが俺にとっての新たなる始まりだ。幼さには似合わない優秀な頭脳を駆使して、どう周りの人間を丸め込んでいってやろうか。  呼吸を落ち着けゆっくりと眠りについた。  俺にチャンスを与えてくれた神様に、感謝くらいは捧げてもいいなと、そんなふうに胸を踊らせながら。
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