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「『時の糸 過去と未来を 繋ぎゆき 再び逢わん 夢の如くに』……だってさ」
五・七・五・七・七の音……これは詩じゃない、和歌だ。
「一見すると、ただのロマンチックな和歌ね」
サクラは立ち上がり、腕を組んで呟く。
「んー……今聞くと源氏物語とかに出てきそうじゃのう」
「あんた読んだことあんの?」
「勿論よ。日本文学の最高傑作やぞ?言うて親父に押し付けられただけじゃが」
「そりゃー良かったわね。高校では必修作品だから」
確かに、一見するとロマンチックな内容に思える。でもそれは、あくまでこの世界を知らなかった場合だ。過去と未来を繋ぐ……この和歌はきっと、この異世界での話を元に詠まれている。
俺が今、過去の爺ちゃんと繋がっていることを認知しているように、同じことを経験した人が書いたに違いない。
「何か、思うところがあるの?」
いつの間にか不思議そうに顔を覗き込むサクラが目の前にいて、ハッと我に返る。
「いや……なんでもない」
「……ふーん」
俺はトシを『爺ちゃん』だと認識しているし、ここが爺ちゃんにとっての未来で俺にとっての過去だと推測できているからピンときているだけで、二人は多分そうじゃない。
まあ、現実で同時に飲んだ訳ではないから、もしかすると薄々勘付いてる可能性はあるけど。でもまあ、それでも流石に数十年の時を飛び越えてるとは思わないだろう。差し詰め、数日違いで飲んでこっちに来たタイミングが三人とも違うくらいに思ってるんじゃないだろうか。
あ……しかし考えてみると、サクラとはその可能性の方が高いのか?最初は爺ちゃんと同じ年代かとも思ったけど、制服とかその他諸々、なんか現代っ子って感じがするし。
厄介なのは、その辺の確認がしたくても出来ないこと。当初からの懸念……ここでの会話が現実に与える影響、それの有無が未だに分からない。下手にペラペラ喋って現実が変わっているパターンが一番困るからな——。
「やっぱ何かあるでしょ?」
「なッ、何でもねえよ」
「おい何をイチャついとんじゃ置いてくぞ!」
声の方を向くと、既にトシは広縁の先まで進んでいるらしく姿すら見えなくなっていた。俺としてはもっと丁寧にこの家を探索したいところなんだけど、住み慣れたトシにしてみればそんな配慮あるはずもない。ましてや家族だなんて思ってすらいないんだしな。
広縁に足を踏み入れると、ガラス越しに先程の枯山水全体が姿を現した。白砂が描く直線と曲線は、質素で静寂ながら本当に水が流れているように錯覚する。これも全て無くなってしまうと考えたら、思い入れは無いくせに残念でならない。
「さっきの家と違って明るいからだいぶ安心ね」
和室を仕切る障子がガラス戸から入る光を反射し、長い木の床を更に発光させる。歩く度に鳴る床の音が年季と共に別の危険性を感じさせなくもないけど、まあ少なくとも突如『崖』なんて心配はない。公園の裏側でこの明るさなら、基本的にこの家全体で真っ暗って場所は多分ないだろう——。
「やっと来たか!全く何をのんびりしとんじゃ」
「えぇ……」
「やっと来たか、じゃないっつーの。なんで急にこんな暗くなんのよ」
突き当たりを曲がると、今の思考は一体何だったのかそこはまたしても光の無い世界だった。墨黒って程ではないものの、暫く光のある世界に居たせいで、研ぎ澄まされた目もリセットされている。
「サクラ、ああいう台詞は伏線になるんだよきっと」
「いや私のせいかよ」
「おまんらは何を言うとるんじゃ……それより気を付けぇよ。この床の軋む音で分かるじゃろうが、この辺はだいぶ脆くなっとるからのう。落とし穴が有るとでも思え」
落とし穴か……大袈裟な表現のようで、実は的を得ているのかもしれない。仮に穴が空いたとして、その下がちゃんと地面だって確証は無いわけだし。
「それより、あんた今右から出てこなかった?こっちは何があるの?」
「風呂と洗面所と便所じゃ。何か変わり映えがあるか確認しようとしたんじゃが、暗くて全然分からんかったわい」
「えーなにそれ気になる」
「おっと!おまんらは入るなよ?片方はボットンじゃからな。落ちたらわい絶対助けんぞ」
現実ならそんな小さい穴に落ちることはないだろうけど、万が一を考えたら……そりゃもう崖の方がマシだろう。にしても、片方ということはトイレは二つもあるのか?その感じでいくと、風呂は五右衛門風呂だったりするのかな。
トシの足音が再び前進し始めると、サクラが俺の肩をポンポンと叩き囁く。
「ねえ」
「ん?」
「ボットンてなに?」
急に何かと思えば、クソ真面目なトーンでまさかの質問。ちょっと不意打ちすぎて咽せそうになった。
「……え、知らないのか?」
「知らないから訊いてんのよ」
「トイレだよ。小学生の時に教わらなかったんだな」
「へー……田舎にはそんな授業あるんだ」
「急に田舎ディスるやん」
と、言いながら実は俺も使った経験はないんだけど。でも、普通は知ってるよな?それくらい。本当に何処ぞのお嬢様なのか、それとも、都会の人間は知らないのが普通なのか。
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