第1章 出会い

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 そうか……単に過去の爺ちゃんと繋がってるわけじゃないのか。状況はもう少し複雑な気がする。崖から落ちたのも何か関係があるのだろうか?落ちる前の町並みはよく見ていたから分かるけど、その時との違いは無い。 「着いたぞ!我が家じゃ!多分!」 「多分って何よ」 「いや見ての通りもう真っ暗じゃけえ」  約一キロの道のりでたどり着いたのは、やはり『佐野』の表札が僅かに目視出来る我が家。よくよく見れば、この表札、若干新しい感じがしなくもない……けど、先入観に引っ張られているだけな気もする。あー、もう少し明るければなあ。 「なんか、ボロくなった……?」 「え、マジでそう思う?」 「わいの家はまだ築一年じゃけえのう。なーんか、こう、新築感が無いというか」  考えてみれば、俺は自分家のことを何も知らない。築一年ってことは、爺ちゃんが十四歳の時に完成して死んだ時が九十歳だから……うちの家今築七十五年くらいってこと?いやいやとても半世紀以上の物件には思えないんだけど。俺が生まれる前にリフォームでもしたんだろうか。 「鍵は開いておるな。まったく不用心じゃ」 「中は完全に真っ暗ね。電気も点かない」 「あまりわいから離れるなよ。迷子になるぞ」  そんな広い家じゃないじゃん。とツッコミそうになるも、今は『他人』という設定だからグッと堪えた。今言うとツッコミではなくただの失礼になってしまうだろう。 「ところで、親父さんの部屋は何処なんだ?」 「ああ、突き当たり右の部屋じゃ。わいの部屋は二階なんじゃが、ここまで暗いと階段が危ねえのう」  そうか、道理で雰囲気が全然違ったわけだ。ということは、俺が見たのはひい爺ちゃんの部屋で、今同じ部屋に向かっていると……ん? 「ちょちょちょっと待ってくれ!」 「なんじゃい急にびっくりする!」 「あまり動き回らずに、慎重に行こう。何があるか分かんないから」 「お、おう……なんや今更感あるが」  さっきと同じなら、部屋の奥は……あれが夢の崩壊で出来たものでない限り『崖』だ。しかも時計回りには進んでないから、その場合は何処で崖が来るのかも分からない。なんなら一歩目でそれかもしれないし。  前方でカチャと小さな音がして、ドアがゆっくりと開くのが分かる。俺は念の為、トシのタンクトップの肩紐部分を握った。 「サクラ、一応俺のフードでも握っといて」 「アンタ妙に心配性ね。トシ、お酒は何処にあったか覚えてんの?」 「神棚じゃ。アネキの背丈じゃ届かんじゃろうて」 「それはどの辺?」 「ドア開けてすぐ右側じゃったが……おかしいのう。神棚どころか物一つ無いぞ」  ドア側の壁に物が無いのは知っている。高い位置は確認してなかったけど、トシの言う通りそれらしき物も無さそうだ。やはり変化は無い。と、なれば—— 「トシ、ちょっと止まってくれ」 「どうした?」 「いや、ちょっと……先に行かしてくれるか?」 「お、おお?構わんが」  一呼吸置いて、トシの替わりに前を進む。右手が前方の壁を捉え、向きを変えて一歩、二歩、三歩——    ゴツッ  あった。やはり、机だ。 「何かにぶつかったか?」 「ああ、机だよ。……多分」 「机?そんな所に机なんてあったかのう……」  センターの引き出しを開け、中に手を入れる。確か奥の方に……あった!これも前回と同じ、折り畳まれた厚紙。やはり『落ちる』前とは変化なさそうだ。 「トシ、これ何か分かる?引き出しから出てきたんだけど」 「んー?なんじゃこりゃ……まさか、親父の遺言?」  遺言……確かに有り得なくはないか。昔だと早いうちに書いていてもおかしくはない。んー、でも仮にそうだとして、普通こんな畳み方するだろうか?しかも紙一枚むき出しで……あ、辞世の句?いやいや中世の日本じゃあるまいし。 「意味深ね。他の引き出しには何も無さそうだし」  ずっと首元がキツイなと思ったら、どうやらこの『お姉さん』は律儀にフードを掴んだまま物色していたらしい。いや安心感はハンパないけど。 「他には何かないかのう」  逆に、この瞬間俺は迂闊だった。トシに対する注意を怠っていた為に、気配が離れて行くことに遅れて気付いた。 「待てトシ!」 「何じゃ——」  言葉の途中で「うわッ!」という驚きの声に変わり、同時に砂利が崖を転がっていくような音が耳に入る。間違いない……! 「トシー!」  トシが発した数歩先の声を頼りに、俺は咄嗟に飛び込み手を伸ばした。腕の半分が床を越えて、空を切る。間に合わなかったか—— 「トシ大丈夫!?ほら片腕挙げて!」  絶望しかけたところで、真横からサクラの声。手で床の縁を辿っていくと、ギリギリのところでしがみつく指先。 「トシ無事だったか!?」 「ふうー、危うく死ぬところじゃったわい……」  どうやら、間一髪のところで床を掴めたらしい。俺はすぐにその手首を掴み、もう一方の腕を掴んだサクラと共にトシを引っ張り上げた。尻餅をついた途端、ドッと体の力が抜けていく。 「道理でおかしいと思ったんじゃ。物が少ないくせにこの部屋声が響かんからのう」 「あんた死にかけた割に随分冷静ね」 「危急な時ほど冷静に、が佐野家の教えじゃ。にしても、ハルが叫んでなかったら間違いなく落ちとったわい」  そうか、あの一言でこっちを振り返ったから偶々縁を掴めたのか。俺が落ちた時はそんな余裕微塵もなかった。にしてもやっぱり昔の爺ちゃんは筋力が凄い。ちょっと俺も見習わないとな。
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