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「筧さん、足早いですね」
内山真緒は苦笑しながら言った。
「別に普通に歩いているが?」
憮然とした表情で応える筧。
「そろそろ取材したいんですが?」
真緒は25歳だが、おそらく3倍くらいの年齢である筧は驚くほどの健脚だ。
「聞きたいことがあれば訊いてくれていい。歩きながら話すと言っただろう?」
「もうちょっとペース落としてもらっていいですか? 私、一応山ガールだって自負はあるんですけど、こんなに早く山登る人、初めて見ました。さすが猟師ですね」
彼女はライターで、今は季刊誌「山脈」という雑誌の編集に携わっている。今日はこの浜見山塊に伝わる「やまあらし」の噂について取材に来たのだ。
詳しいと言われる筧を紹介され、なんとか話を聞く許可を得た。そして、山での散策を日課としている彼につきあうことになった。
猟師の散策というのはハイキングとはまったく違う。熊よけのラジオに、肩には万が一のための猟銃。落ち着いて話を聞くつもりだった真緒にとってはとんでもない誤算だ。
ラジオが雑音混じりにニュースを伝えていた。
「……本日午前9時過ぎ、松原市の宝飾店に4人組の強盗が押し入り、店員3名を殺害した上、5億円相当と思われる貴金属類を強奪しました。まだ逃走中ということで、警察は……」
「松原市って、導西村の隣ですね。すぐ近くじゃないですか。恐いなぁ」
真緒が表情を曇らせる。
電波状況が悪くなり、ラジオは途切れ途切れになってしまう。この先は険しい山々であり、その入り口に来ていることを改めて思い知らされた。
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