ライバル

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 今から、勇人はわたしに、どんな態度を見せるのだろう。  このまま食事に進むのか、あるいは……。  正面に座る仏頂面を見れば、あるていどの予測はつく。  ちゃぶ台の上では、水炊きがクツクツと泡を鳴らしていた。  わたしは東京の大学に通うため、実家を出た。おんぼろアパートに引っ越したおりに買ったちゃぶ台は、三年と十カ月のあいだ、毎日お皿やノートをのせたせいか、天板の隅っこがはげ落ちて、下地の合板がみすぼらしい顔をのぞかせていた。 「麻美。オレ、もうこういうのイヤなんだよ」  やっぱりそうか。  急に勇人が変わったのは気のせいだと自分を騙してきたけれど、あの話を耳に入れたからには、今日で白黒を見極めると自分に言い聞かせて鍋を用意した。  どんな変化が訪れようとも、私は質素で節約の利いた献立を考える。 「なにがイヤなの? ほら勇人、今日はお祝いだから、鶏のもも肉入れたんだよ。早く食べないと、お肉がかたくなっちゃうよ」  すでに答えは出たのだ。だのにわたしは、頬に明るさを入れて勇人に箸をとるように勧めた。  人づきあいが苦手なわたしは、勇人以外の人と、新たに一から関係を築くことにおびえている。 「オレが医学部に合格したの、知ってるよな」 「そのお祝いじゃない。五年も浪人して、よくがんばったね。おめでとう」  勇人の夢は叶った。願いのために投じた苦労は、二十三歳にしては深いほうれい線となって刻まれている。 「紙パックの安ワインとしょぼい水炊き。これのどこがお祝いなんだよ。貧乏くさすぎるだろ」  勇人が、あぐらの足をのばしてちゃぶ台を蹴った。力は加減したのだろうが、ならべた箸が転げ落ちる。 「わたしのバイト代だと、これが精いっぱいなの」  勇人と知り合ったのも、アルバイトがきっかけだった。  三年前。出会ったばかりの勇人は、「しがないサラリーマン家庭だから、予備校と下宿の費用しか出してくれないんだ」と笑いながら働いていたっけ。  学費と住居を、親が用意してくれる。  それがどれほどに恵まれているかがわからないほど、勇人は子どもで世間知らずだった。まわりが見えていないからこそ、わたしがこの人を守らなくては。と、母性を刺激されたのだと思う。
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