ライバル

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「オレ、最近よく思うんだよ。もっと栄養があって美味いもの食ってたら、一~二年は早く合格できたんじゃないかって」  懸命に勉強する勇人を助けたくて、できる限り食事はわたしが用意した。食材の代金は、すべてわたしの財布から出ている。  でも、わたしの思いと行いは、この人の胸にまるで響かなかったようだ。 「ごめんね。勇人の期待に応えられなくて」  わたしは頭を下げながら、自分の身に起きた変化を告げなかったことに、安堵の息を吐いた。由紀子さんのアドバイスに従ってよかった。 「オレは将来医者だ。金持ちだぞ。麻美、オレと結婚して、おまえの借りた奨学金、オレに払わせるつもりじゃないだろうな」 「そんなの、ぜんぜん思ってないよ」 「ならよかった。もうオレたち、終わりだから」  チェックメイト。ねえ勇人、わたしに勝ったつもり? エゴでゆがんだ口もとに、目で問い掛けた。 「これからのオレとおまえでは、住む世界が違うんだよ。オレは勝ち組に入る。それで開業医の娘と結婚するから」 「あてはあるの」 「ねえよ。でもな、オレは医学部に入るんだぞ。すぐにみつかるって」  ちゃぶ台をはさんだやり取りで、十分にひどい男だとわかったつもりでも、自分のこれまでを踏みにじられた悔しさと怒りで、涙がにじみそうになった。  でも、すぐに止まる。素早く、「正体がわかってよかった」と気持ちを切り換えられたのは、由紀子さんのおかげだ。 「へっ。またそのツラかよ。捨てないでって泣いてすがれば、少しは可愛げがあるのに。涼しい顔しやがって」  涼しい顔、か。由紀子さんも、たしかそう言っていたな。  わたしの意識は、自分勝手なことを吠える勇人から、二日前の由紀子さんとの会話に移っていった。  わたしに急遽ふりかかったとある事実は、うかつには口に出せない内容だった。  こんな踏み込んだ話をできる友人は、一人もいない。  それに話せたとしても、実のある声が返される可能性は、ラッシュ時の電車でぽっかりと空いた席に出会うほどに小さい。  一人だけ、わたしの疑問への回答を持っている人に心当たりがある。雑誌の企画する「学生が入りたい会社ベストテン」に、常に名を連ねる大企業の創業者の孫である由紀子さんだ。
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