ライバル

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 彼女なら、人には伏せておきたいわたしの事情を、軽々しく言いふらしたりはしないはずだ。直接話したことはないけれど、わたしは戦いを通じて、由紀子さんを信用していた。  しかし、わたしは彼女の連絡先を知らない。  直接会ってお願いしようにも、由紀子さんとは学部が異なるため、履修科目の見当がつかない。それに、すでに単位を取りえ終えて、学校にはきていないかもしれない。  それでももしかしたら、とヤマを張った大講義室から、つんとすました顔が出てきたときは、幸運の女神さまに感謝を捧げた。  クリーム色のロングコートに藤の花を思わせるスカート。明るい茶色のショートブーツが上品だ。  見るからに手入れのゆきとどいた黒髪が、まわりからすこし浮いている。  わたしは人の流れに割って入り、相談にのって欲しいと懸命に頼んだ。  ふだんのわたしからは想像もできないほどの積極さだ。それほどに、わたしは切羽詰まっていた。  なんの相談かと訊かれたので、耳を貸してもらって答えたら、「次の講義まで、一時限分の時間が空くわ」と喫茶店に足を向けてくれた。  学校のそばに、クラシックの流れるお店があっただなんて。椅子やテーブルも洒落ている。  由紀子さんにはお似合いだけど、いつも学食で無料のお茶をすするわたしは、肩に緊張の串を刺し込まれて、かたくちぢこまる。  飲み物ひとつに、いったい、いくら掛かるんだろう。おそるおそるのぞいたメニューの料金に、そっと胸をなでおろした。 「チェス以外ではまったく交流がないのに、よく私にアドバイスを求める気になったわね」  コーヒーカップをくちびるに寄せた由紀子さんが、わたしを見据える。  あきれているのか、感心しているのか。カップの向こう側にある由紀子さんの表情は乏しくて、声音だけでは感情が読めなかった。  わたしの突然の面会は、迷惑だったのかもしれない。  そう思うと尻込みをしてしまい、ほかに頼る人がいなかったと説明できずにいる。  彼女の言うように、わたしたちに日常での接点はない。  年に二回行われる学内イベント、「チェス・クイーン杯」の決勝でぶつかるときだけのつきあいだ。  彼女との勝負の結果は、二勝五敗。  一、二年生のときは一度も勝てず、三年生の冬に初勝利。四年生の夏も勝ち、現在、冠はわたしの頭にのっている。
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