ライバル

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 わたしは由紀子さんを例の喫茶店に誘い、事の顛末を知らせた。  彼女はまぶたをせばめて、ふんふんと沈黙の頷きをくり返す。黒髪にのった白い輪が、優雅にゆれる。  クイーンの座を懸けた勝負で、展開が拮抗しているときによく目にした光景だ。状況を整理して、先の段取りを組む際に出る、彼女のクセだと思う。  わたしが「バッカヤロー」まで伝え終えると、由紀子さんの目じりがほんのわずかにふるえた。 「手の内を明かさないで、きちんと別れることができたのね。よかった。ほっとしたわ」  と言うものの、由紀子さんの表情に安堵の色はない。なにかまた、厳しい言葉があると予想した。  由紀子さんが軽くにぎった拳の中に、「ん、んん」と吹き込んだ咳払いの先が怖かった。 「まったくちがう話をしていいかしら。私も聞いて欲しい悩みがあるの」 「あ、はい、どうぞ」  前回は、わたし自身や身のまわりのことを尋ねられると心をかまえていたから、奇襲を受けてもなんとか対応できた。そう、勇人のことでも。  だけど彼女から打ち明け話があるだなんて、まるで予想していなかったわたしは、マヌケな顔を見せるだけ。  今の切り込みがチェスならば、意表を突いた攻撃にあっさりと負かされていたと思う。 「前にここで話をしたときに気づいたことがあるの。どうしてもそれを伝えたくて」  由紀子さんの声に、すがりつくような頼りなさを感じた。 「なに?」とわたしが問い返す前に、由紀子さんは告げた。 「麻美さんと私は、とても似ている」 「え、似ているとこなんてまったくないよ。わたし、奨学金頼りの貧乏学生だよ。服だってボロだし」 「私が似ていると感じたのは、お金や見た目じゃなくて、内面の話。ひょっとしたら同じことに苦しんでいるのかも、と思い当たったの。私だけじゃない。見方によっては、もっともよく知っている人が同じなのかも、と想像したら我慢がきかなくなって。あの……、麻美さんも、気持ちをうまくおもてに出せないんじゃないかしら」  言葉がまだ宙をただよっているうちに、由紀子さんが頭を下げた。 「ごめんなさい。失礼な言いようね」  由紀子さんが詫びる寸前に見せた表情は、ごまかしの笑みを浮かべようとしたのだろうか、それとも発言を悔いたのだろうか。口もとがひきつっていた。チェスでどんなに劣勢でも見せなかった顔だ。  なんだろう。今日は由紀子さんの動きによく気持ちが向く。
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