40人が本棚に入れています
本棚に追加
アリサが思案しているのをいいことに、王子は勝手に演説をし、アリサをとんでもない悪女に仕立ててしまった。そしていつの間にかやってきていた見知らぬ令嬢が王子の腕に絡みついた。
腰まで届くピンクの髪は豊かに波打ち、茶色い眼は大きく輝いている。そして、ドレスの胸元が苦しいであろうほどに豊満な体つき。
銀色の真っ直ぐな髪とスレンダーな体つきのアリサとは対照的である。
そのソフィアという令嬢はどうみても聖女には見えない。魔力が感じられないのだが、王子が聖女だというからには、聖女なのだろう。
「……わたくしが、偽聖女、ですか……」
「さっさと認めるがいいぞ! お前が偽物だと、このソフィアが見抜いたのだ! 本来なら国家反逆罪として投獄すべきところだが、ソフィアたっての願いで婚約破棄と聖女の地位剥奪に留めた。優しい彼女に感謝しろ」
アリサが、王子をまっすぐ見た。
「聖女の地位剥奪、でございますか?」
アリサの胸が、どくん、と強く打った。想定外もここまでくれば或いは……という気持ちになる。
「そうだ! とっとと、王立大神殿、いや、王都から退去するのだな!」
「はい」
「それが嫌なら、泣いて許しを――え? はい、といったのか?」
ありがとうございます、と言うのは胸の内だけに留め、アリサは多くを語らずにっこり微笑んだ。
「殿下、王都からの退去、聖女剥奪、婚約破棄、それはご命令ですね?」
勅命である、と、踏ん反り返りながら王子は演説を続ける。が、アリサは聞いてはいなかった。胸元につけていた聖女の徽章を外して王子に渡す。
「ソフィア嬢と、どうぞお幸せに。わたくしのことは、忘れてくださって構いません。ではごきげんよう」
完璧なカーテシーをして、アリサはその場を小走りで立ち去った。
そのまま、王立大神殿に取って返す。神殿入り口には呆れ顔の大神官が立っていた。両親のいないアリサの父親がわりの人物だ。
「大神官さま、申し訳ございません。婚約者とお仕事を同時に失くしてしまいました」
聞いた聞いた、と大神官が頷いた。80歳に近い老体だがいまだ魔力は健在で、しっかり王都を守っている。
「アリサ嬢、まったくわかっておらぬ王族で済まぬ」
「わたくしに婚約者がいたことを、婚約破棄の場ではじめて知りました」
「すまんな、アリサ嬢をどこぞの貴族に独占されぬよう、王家が勝手に手を回して婚約者を定めておったらしい。わしもさっき国王陛下に聞かされて仰天したところじゃ」
自分の婚約に、そんな事情があったとは。というか、自分にそこまでの価値があったとは思いもよらないアリサである。
「しかしあんなアホ王子に嫁ぐ必要はないわい。婚約破棄で正解じゃ。以降は、国のことも気にせず、好きに生きれば良いぞ」
ほい、と、大神官は皮袋をアリサにわたした。
「わ、重たい……大神官さま、これは?」
「そなたのご両親が生前貯めていたお金を運用して、増やしておいた。その一部じゃ。アリサ嬢の嫁入りの際に渡すつもりじゃったが……今がよかろう」
ありがとうございます、と、アリサはそれを大事そうに抱えた。朧げな記憶しかない両親だが、確かに愛を感じる。
「それから、わしからの餞別じゃ。わしの持っておる爵位のひとつ、ヒューズ子爵とその領地を譲る。ほとぼりが冷めるまで、そこで魔力に磨きをかけておくといいぞ」
ヒューズ領は、王都から南に馬車で半日ほどの位置にある小さな領地だ。
緑豊かで農業の盛んな土地だが、魔力に満ちた土地でもある。神官や魔導師が数多く輩出され、同時に魔物や強力な魔獣も生息している。
最初のコメントを投稿しよう!