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このところ、なぜか不本意に婚約破棄を申し渡される令嬢が増えているという事態は、アリサも聞いていた。実際、アリサが働いている神殿で、令嬢たちがひっそりと泣いているのを何度も見た。
令嬢たちのほどんどが、発言権を持たない。
なぜか未婚の女性は父や、相手の男のいいなりにならなければならず、泣く泣く受け入れるしかない。理不尽極まりない。
したがって今の王都には「婚約者が気に入らないなら婚約破棄をしてもいいんだ!」という男どもの浮かれた雰囲気と「もし我が娘がそんな憂き目にあったら?」と娘を持つ親たちが醸し出すピリピリとした緊迫感とで、なんとも嫌な空気が漂っている。
婚約破棄など年頃の娘たちにとってはとんでもない災難だが、それは華やかな社交界に限ったこと。まさか、そんな災難が我が身に降り注ぐとは夢にも思わず、アリサは仕事に精を出していた――今朝までは。
「王子殿下、もう一度仰ってくださいますか? わたくしの、聞き間違いかもしれません」
アリサは、緋色のドレスの裾を摘まんでレディらしく挨拶をしながら目の前の男に問いかけた。
たしかこの派手な金髪に水色の目の男は――国王の次男、いや、三男だったかもしれない。どちらかわからないので、フィリップ殿下と呼べばいいのかレオ殿下と呼べばいいのかわからない。ソツなく王子殿下、で済ませておく。
なにせこれが初対面なのだから、国王にそっくりの息子たちの見分けがつかなくても致し方ないだろう。
「婚約破棄を告げたのだ、見た目も冴えないが物わかりも悪い女だな」
はぁ、そうですか、とアリサはつぶやいた。
ほとんど会ったことのない男に酷い言われようだが、王族に逆らうのは得策ではない。とりあえず頭を下げておくのがベスト、そう心得ているアリサは、だまって頭を下げた。
が、それが気にいらなかったらしい。
「アリサ、俺を見るんだ!」
「はい」
「イライラさせるな、ほら、ここで何か言うことはないのか?」
「何か、と言われましても……。婚約破棄を宣言するために、わたくしをしつこく舞踏会に呼びつけたのですか?」
王立学院を卒業して三年、社交界とは縁遠いところで過ごしてきたアリサにとって、王家の紋章のついた舞踏会への招待状は全くありがたくない代物だった。
今回も断る気満々だったのだが、しつこいほどに招待状が送られてきたため、渋々やってきたら、この事態だ。
「お前っ……ほかに何か言うことはないのか? 弁明するとか!」
「何についての弁明でしょうか?」
「お前が! 聖女の力は皆無なのに聖女と偽り我々を騙していた。大変な悪女ということについて、だ! 彼女が本物の聖女、ソフィア嬢だ。俺は、危うく偽聖女と結婚するところだったのだ。アリサ、お前との婚約を破棄して本物の聖女ソフィアと結婚をするのだ! わかったか!」
ざわざわ、とさすがに周囲がざわめいた。婚約破棄した直後に結婚宣言とは非常識にも程がある。
アリサも、違う意味できょとんとした。身に覚えのない、濡れ衣や汚名を着せられた気がするのだがそれを訂正すべきだろうか。
「だいたい、大神官の養女だというから優遇してきたが、お前の実の父は男爵、母に至っては貴族ですらない町娘だったとか。魔力だけが取り柄だったのだろうがその娘は魔力すら貧相だ。おおかた、魔力も身分も低いから、嘘偽りを重ねて王子の妃を望んだのだろう。あの出会いも、あの危機を救ったのも、すべて自作自演なんじゃないか?」
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