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「親父、実は俺、」  マサトは息を呑んで、医師の言葉を伝えた。 「余命宣告を受けたんだ。もう長くはない」  父の目は、一瞬、驚きで大きく見開かれた。それから、ゆっくり理解が深まるように、瞳の色が暗くなっていくのが分かった。 「……どういうことだ?」  父は震える声で尋ねた。 「癌が全身に転移していて、もう手遅れなんだ」  マサトは、できるだけ淡々と話す。  静寂が二人を包んだ。 「だから、どうしても伝えたいことがあったんだ」マサトは、再び言葉を続ける。「俺は、いつも、親不孝者だった。ずっと……、ずっと、父さんや母さんを傷つけてきた。ごめんなさい」 「……マサト」  父の声は、かすれていた。  マサトは、父への複雑な感情を思い起こす。大学時代の衝突、夢を諦めさせられようとした苦しみ、そして、ずっと抱え続けてきた怒り。 「俺、ずっと父さんを恨んでた。でも……」マサトは、言葉に詰まる。「でも、今になって、わかったんだ。父さんは、ずっと俺を心配してくれていたんだって」  父は肩を落とし、かすれた声で言った。 「俺は……若い頃、歌を歌ってた。バンドを組んで、夢を追いかけてたんだ」 「え?」  マサトは驚いた。  父は続けた。 「でも、うまくいかなかった。夢は諦めなけりゃいけなかった」  父は、うつむいて言い、それから少し微笑んだ。 「でも、それから母さんに出会い……店を作って、おまえが生まれた。幸せだったよ」 「バンドのことは、母さんにも秘密にしてたんだ」  その一言が、マサトに父の心の傷の深さを悟らせた。 「だから、おまえに同じ思いをさせたくなくて……普通の幸せを歩んで欲しくて……、酷い言葉をかけてしまった。すまない」 「父さん……」  マサトは、涙を止めることができない。 「おまえはよく頑張ってる。音楽を諦めずに、夢を追い続けてきた。俺は、おまえを誇りに思う」  父は、ゆっくりと顔を上げ、マサトの瞳を見つめた。 「父さん……」  マサトは、言葉を失い、溢れ出てくる涙を、何度も袖で拭う。  二人は、長い間、何も言わずに見つめ合った。 「父さん」  マサトが立ち上がると、父はマサトの肩を抱きしめた。  驚きの中で、マサトの心から、自然に言葉が湧き出てきた。 「育ててくれて、ありがとう。父さん。置いて行ってごめんなさい」  マサトも父の肩に腕を回し、二人は固く抱きしめ合った。  その瞬間、マサトの心は、穏やかな安らぎで満たされた。  やがてマサトは、黙ってギターケースを開けた。  父が好きだったバラードを爪弾(つまび)くと、父は泣きながらも、張りのある声で歌い出した。 - 了 -
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