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6
「親父、実は俺、」
マサトは息を呑んで、医師の言葉を伝えた。
「余命宣告を受けたんだ。もう長くはない」
父の目は、一瞬、驚きで大きく見開かれた。それから、ゆっくり理解が深まるように、瞳の色が暗くなっていくのが分かった。
「……どういうことだ?」
父は震える声で尋ねた。
「癌が全身に転移していて、もう手遅れなんだ」
マサトは、できるだけ淡々と話す。
静寂が二人を包んだ。
「だから、どうしても伝えたいことがあったんだ」マサトは、再び言葉を続ける。「俺は、いつも、親不孝者だった。ずっと……、ずっと、父さんや母さんを傷つけてきた。ごめんなさい」
「……マサト」
父の声は、かすれていた。
マサトは、父への複雑な感情を思い起こす。大学時代の衝突、夢を諦めさせられようとした苦しみ、そして、ずっと抱え続けてきた怒り。
「俺、ずっと父さんを恨んでた。でも……」マサトは、言葉に詰まる。「でも、今になって、わかったんだ。父さんは、ずっと俺を心配してくれていたんだって」
父は肩を落とし、かすれた声で言った。
「俺は……若い頃、歌を歌ってた。バンドを組んで、夢を追いかけてたんだ」
「え?」
マサトは驚いた。
父は続けた。
「でも、うまくいかなかった。夢は諦めなけりゃいけなかった」
父は、うつむいて言い、それから少し微笑んだ。
「でも、それから母さんに出会い……店を作って、おまえが生まれた。幸せだったよ」
「バンドのことは、母さんにも秘密にしてたんだ」
その一言が、マサトに父の心の傷の深さを悟らせた。
「だから、おまえに同じ思いをさせたくなくて……普通の幸せを歩んで欲しくて……、酷い言葉をかけてしまった。すまない」
「父さん……」
マサトは、涙を止めることができない。
「おまえはよく頑張ってる。音楽を諦めずに、夢を追い続けてきた。俺は、おまえを誇りに思う」
父は、ゆっくりと顔を上げ、マサトの瞳を見つめた。
「父さん……」
マサトは、言葉を失い、溢れ出てくる涙を、何度も袖で拭う。
二人は、長い間、何も言わずに見つめ合った。
「父さん」
マサトが立ち上がると、父はマサトの肩を抱きしめた。
驚きの中で、マサトの心から、自然に言葉が湧き出てきた。
「育ててくれて、ありがとう。父さん。置いて行ってごめんなさい」
マサトも父の肩に腕を回し、二人は固く抱きしめ合った。
その瞬間、マサトの心は、穏やかな安らぎで満たされた。
やがてマサトは、黙ってギターケースを開けた。
父が好きだったバラードを爪弾くと、父は泣きながらも、張りのある声で歌い出した。
- 了 -
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