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「そんなことしてる場合か?」
ケイスケの強い声に、マサトは思わずコーヒーカップを置く。
二人はいつもの二十四時間営業のネットカフェにいた。
「どういうこと?」
マサトは尋ねる。
「親父さんのことだよ」
ケイスケは言った。
マサトはケイスケの言葉に沈黙した。親父のこと……マサトの心にわだかまりが沈む。
「親父さんと早く向き合うべきだと思うんだ」とケイスケは続けた。「俺たちはずっと音楽をやってきた。俺はおまえのおかげで幸せだよ。でも、おまえは本当に大切なものに眼を向けるべきなんじゃないか?」
マサトは、テーブルの上にあるコーヒーカップを見つめながら、長い間ほったらかしにしてきた家族の情景を思う。
父親との衝突や、確執の中にある微かな愛情、そして亡くなった母親の穏やかな笑顔がよみがえる。
「分かってる、でも…」
「でも、じゃないんだよ」ケイスケは強く言った。「いつまでも、後で、なんて思ってると、本当に分かり合えないまま終わるぜ。それは嫌だろ?」
その言葉が、マサトの心に鋭く響いた。
ケイスケの言う通りだ。これまで避けてきた父親との関係を、修復する必要がある。
「お前がいなくなるなんて、考えたくもない。でも、最後に後悔しないでほしいんだよ」
ケイスケは静かに言った。
「わかったよ」とマサトは小さく頷いた。「親父に会いに行く……伝えるべきことを伝える」
ケイスケはマサトの肩をしっかりと掴み、力強く頷いた。
「そうだよ、きっとできる」
マサトは、父親に会いに行こうと決めた。腕時計の針に目をやると、時が過ぎ去ってゆく流れの速さを感じる。
父とどう向き合うのか、恐る恐る心に思い浮かべていく。
やがてマサトは、静かに椅子から立ち上がった。
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