4人が本棚に入れています
本棚に追加
Part 1【『追う』のが私の仕事】
「待ちやがれ、コォォルアアアッッッ!!」
白昼の商店街、身なりに似合わぬバッグを小脇に抱え、逃走する男。と、その背中を己の足で猛追する、スーツ姿のアタシ。
こんなときに限って思うことがあるの。『アタシ、何やってんだろう?』って。答えは最初から出ているのにね。
だって、アタシの仕事は《追うこと》なんだから。
千栄スズ、三十二歳、独身(ですが何か?)。職業、刑事。
刑事だから、アタシは全力で犯人を追いかける。たとえ相手がチンケなひったくりだとしても、あからさまな悪を見逃す理由なんてないもの。
だけど今回の犯人に関して言えば、アタシは特別に怒りを感じている。刑事としての建前以前に、私情で追いかけていると言ってもいいわね。
本当ならアタシは今頃、いつものパン屋さんでお昼ご飯を買って、公園でオシャレなランチを決め込んでいるはずだった。
とくに今日は、一日限定五十個しか販売されない行列必至の名物、《ガレット・デ・ロワ》を、生まれて初めて味わえるはずだったのに……それをあと二人というタイミングで、アンタが……アンタさえ白昼堂々、盗みなんて働かなければ……!!
「クソッ、しつけぇ女だな……!!」
だったら逃げずに大人しく捕まれよって話なんですけど。まぁ、それで素直に降参するような犯人なんて、今まで一人もいた試しがないけどね。
それにしても、さっきから犯人との距離が全く縮まる気がしない。学生時代に陸上部だったこのアタシが追いつけないなんて……このままじゃ……!!
「っ!? どけぇっ!!」
アタシが焦りを感じ始めた矢先、急に犯人が誰かを脅すような声を上げた。
そんな犯人の目と鼻の先には……商店街の出口で、何やら小さな買い物袋を手にボーっと突っ立っている、カジュアルなワイシャツ姿の青年。見たところ、アタシより年下かしら?
何にせよ、このままじゃまずい。もし犯人がナイフなんて持っていたりしたら、なおさらよ。
できれば犯人逮捕に協力してほしいところだけど、刑事として無関係な一般人を巻き込むわけにもいかないし……だからお願い、どうか避けて――
「おい、ちょっ……どわぁっ!?」
「うわっ!? な……何……?」
――あれ? まるで避ける気配がない? っていうか、そのまま犯人とぶつかった!?
かたや、ふっ飛ばされるようにして尻もちをつかされてしまった青年。かたや、盗品を大事そうに抱えたまま、何とか踏みとどまった様子の犯人。
……何にせよ、チャ〜ンスッ!
「ずぅぅぉぉおおりゃあああああっ!!」
「ひっ――どぅへっ!?」
犯人めがけて、ハードル走の感覚で飛びかかってみせたアタシ。すると、どうよ! 残り二メートル近くあった距離を一気に詰めて、ようやく犯人を取り押さえることができたわ!
あとは、すぐさま手錠をかけるだけ……と、いきたいところなんだけど。もはやストレスが凄まじくて、アタシの両手は本能的に犯人の胸ぐらを掴んでしまう。
つまりそれだけ犯人は、被害者のみならずアタシからも貴重な物を奪ってくれやがったのよ……!!
「返せぇ……!!」
「わ、分かった! 返す! こんなもん、返すからっ……」
「違うっ! いや、バッグも大事だけど! それよりもアタシの時間をぉ……返せぇぇぇえええええっ!!」
「何のこっちゃあああああっ!?」
最初のコメントを投稿しよう!