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Part 2【『待つ』のが好きな彼】
「犯人逮捕へのご協力、感謝します。ところで、その……お怪我は?」
「ああ、怪我はしてないので大丈夫です。それに『ご協力』だなんて、僕は何もしてないっていうか……」
ひったくり犯を無事に逮捕し、後から来たパトカーにブチ込んでやった、その後。アタシは奇しくも犯人逮捕の決め手となった青年に、ケアも兼ねて話を伺うことに。
しかし、あらためてよく見ればイケメンかも……って、今はそんなことどうでもいいし。何なら優男なんて、全っ然アタシの好みじゃないから!
「とにかく怪我がなくてよかったです。ちなみにですが、アナタはここで何を?」
「『何を』と聞かれましても、ボクはただ待っていただけですよ。それがボクの仕事であり、趣味なので」
「待つことが仕事であり、趣味?」
さも当然のごとく答える彼に対して、アタシがいまいちピンとこないでいると。青年はワイシャツのポケットから一枚の名刺を見せてくれた。
「『アナタの代わりに待ちます。待ち代行・待屋ノゾム。三十分・五百円〜』……って、何これ?」
「依頼者の代わりに《待つ》んです。例えば新作ゲームの行列とか、花見の場所取りとか。あとは知り合いのママさんから『仕事を終えて迎えに行くまで、お子さんと一緒に待っててほしい』、みたいな。たまにあるんですよ、残業で幼稚園の閉園時間までに間に合わないから……的な感じで」
「ふぅん……でもそれ、下手したら誘拐だと疑われませんか?」
「まぁそうならないよう、ご依頼はこの町内・顔見知りの方に限らせていただいてます」
聞けば聞くほど妙にリアリティがあって、いよいよ本格的なビジネスのように思えてきたわ。
だけどそれだけでは、まだアタシの刑事としての猜疑心は拭いきれないわよ。
「なるほど、まぁ何となく分かりましたけど。それでアナタは生計を立てているの?」
「生計というか、今年から大学通ってて、せめて学費の足しになればと思って」
世知辛い理由はさておき、見た目で年下だろうなとは思ってたけど、大学生なのね。
だったらこちらも、もう少しフランクに接してあげた方がいいかな? かといってナメられちゃいけないから、あくまで刑事としての厳しさは保ちつつね。
「学費の足し、ねぇ……あと、ずっと気になってたんだけど、さっきから手にぶら下げてるそれは何?」
「ああ、これは今回の依頼者から『代わりに行列に並んで買っておいてほしい』って頼まれた物です。この後合流して渡すために、ここで待ってたんですけど……」
「そしたら事件に巻き込まれる羽目になった、と」
ここでアタシは「ちょっとそれ、中身を確認させてもらってもいい?」と、青年=待屋君から一旦回収することに。だって、ほら。まさかのブツという可能性もあるじゃない?
「これは……カードゲームの箱買い?」
「最近流行ってますよね。と言ってもボクはやらないんですが……でもまさか、あんなに並ぶとは思いませんでした。まぁその分、ボクも待ってる間のワクワク感をお裾分けしてもらった気がして、楽しかったんですけどね」
「ああ、そう……」
とりあえず怪しいブツではないみたいだし、そっと返しておくけども。それにしても、自分の物でもないのにわざわざ並んで待つのがワクワクするって……やっぱり彼、変わってる。
だからこそ、もっと彼について話を聞いてみたくなったんだけど――
ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ……
――っと、ここで間の悪い着信。スマホの画面には《タンコブ・オン・ザ・アイズ》って、やっぱり上司か。
「もしもし……はい、はい、すぐ戻ります。は〜い、失礼しま〜す――ごめんなさい、そろそろ署に戻らなきゃ」
「そうですか。お疲れ様です」
「アナタも、あんまりボーッとしてたらまた変な事件に巻き込まれるから、気をつけなさいよ。それじゃ」
「あはは……気をつけます」
上司との不毛な通話を手短に切り上げ、青年に軽く忠告だけしたら。アタシは彼の名刺を手に踵を返し、足早に署まで戻ることに。
結局ひったくり犯のせいで、お目当ての品はおろか普通にランチすら食べ損なったけど。これも刑事の宿命だと割り切るとして。
それにしても『アナタの代わりに待ちます』かぁ。もしかして彼に頼めば、行列必至の《ガレット・デ・ロワ》も手に入るかも……なぁ〜んてね。
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