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Part 4【待っていた理由】
スズへ、最後がこんな形になってごめん。だけど、こうすることが一番自分の気持ちを伝えられると思い、慣れないけど手紙にしてみました。
自分としては、スズの刑事という仕事の大変さを理解しているつもりだった。だからデートの遅刻やドタキャンも仕方ないと、受け入れてきたつもりでいた。
でも正直、もう待ち続けることに疲れた。これから先もずっとこういうのが続くのかと思うと、耐えられなくなってきた。
スズのこと、決して嫌いになったわけじゃない。ただ、今のままだと好きでい続けられる自信がないから、だから――
「――この関係を終わりにしたいです」
駅前の広場で街屋君を通して渡された、彼氏からの手紙。その最後の一文だけ、アタシは無意識に口にしてしまっていた。
要するに何? 今まで待たせ続けたアタシが悪いって言いたいわけ? じゃあ代わりに待屋君を待たせてたのは、アタシへの仕返しってこと……?
「何よ、それ……回りくどいのよぉ……!!」
手紙の意図を汲み取ろうとすればするほど、だんだん怒りが込み上げてきて。それ以上に、こんな終わり方を迎えた報われなさの方が押し寄せてきて。
何だか今日まで刑事として頑張ってきた自分が、急にバカらしく思えてきちゃった……!!
「アンタさぁ……こうなることが分かってて、仕事を引き受けたの?」
「……えっ?」
「この手紙でアタシが辛い思いするって想像して、ワクワクしながら待ってたわけ? それがアンタの仕事であり、趣味なの?」
「いや、そんなことは……」
「悪趣味なのよ! アンタも、元カレもっ……!!」
とうとう目の前の赤の他人に八つ当たりしちゃったよ、アタシ。しかもそのまましゃがみ込んで、人目もはばからずに涙を堪えきれなくなって……ああ、過去最高にみっともないわ。
「刑事さん……」
「何よ……もうほっといてよ……」
「ごめんなさい。でも、これだけは言わせてください。ボクは刑事さん――スズさんが悲しむような想像は、正直してませんでした。《何かを待つときは、きっと良い結果が待っていると信じる》のが、ボクのモットーなので」
「はぁ? 何それ、いいからもうどっか行って!」
あまりに自分がいたたまれなさすぎて、待屋君の顔も見れずに八つ当たりを重ねてしまう。
けれど、どうしても耳に入り込んでくる彼の声は相変わらず優しくて。本気で申し訳なさそうなのが分かるからこそ、余計に辛い。
「分かりました。じゃあせめて、お詫びってわけじゃないですけど、これだけ置いていきますね」
やがて待屋君がそう言うと、一瞬だけ何か甘い香りがした気がして。それでつい気になって、泣き腫らした顔を上げて見てみたら。
アタシの目の前に差し出されていたのは、彼がずっと手に持っていた白い箱。それを彼が優しい手つきでそっと開くと、中には……
「それって……《ガレット・デ・ロワ》? 何で……」
「ボクがお世話になってる祖父母の店の名物です。と言ってもこれは、今日ボクが焼かせてもらった試作なんですけど」
「試作? っていうか、祖父母の店!?」
「はい。スズさん、ウチの店の常連さんなんですよね? 『いつもウチの名物を買い逃して、残念そうに帰っていく刑事のお姉さんがいる』って、祖父母から聞きました」
何その恥ずかしい知られ方。それはそれで知りたくなかったっていうか、もはや驚きとショックで涙が引っ込んだんですけど。
でも……だとしたら、これって……
「なので、よかったらぜひアナタに食べてほしくて……」
「じゃあ手紙とは別に、個人的にアタシのことを待ってたってこと?」
「あはは……そうなっちゃいますね」
天然? それとも、わざと? アタシに核心を突かれて、照れくさそうに笑う待屋君。
相変わらずムカつく。けど、そんな彼の純粋無垢な態度のせいか、はたまた《ガレット・デ・ロワ》が漂わせる甘い香りのせいか。
何だかアタシも、少しだけ心がほぐれた気がする。
「あっ、でも、ご迷惑でしたら別に――」
「……食べるよ」
「――えっ?」
「食べてあげるよ、せっかくだから。アタシ今、めちゃくちゃヤケ食いしたい気分だし」
「……あはっ、あははっ! そうですか、それはよかった」
「よくねぇわっ!」
散々泣き喚いた挙げ句に当たり散らした手前、今さら素直に「嬉しい」とか「ありがとう」なんて言えない。
ただ、誰かを待たせてばかりだった自分を、君だけは嫌な顔一つせず待ってくれていたんだと思うと……悔しいけど、ちょっと嬉しいよね。
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