Part 5【彼が待つなら】

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Part 5【彼が待つなら】

「モシャモシャ、モシャ……」 「お味はどうですか? と言っても、まだまだ祖父の味には程遠いかもしれませんが……」 「アタシまだ、その本家を食べたことないんだけど」 「あっ、そうでしたね」 「でもまぁ、これで『程遠い』って言うんなら、なおさら本家が楽しみになってきたかな?」 「えっと……それはつまり、どういう……?」  駅前の広場のベンチで待屋(まちや)君と横並びに座り、彼の試作品である《ガレット・デ・ロワ》を素手で頬張る。  ハッキリ言うなら、味は悪くない。悪くないけど、今はまだ素直に美味しいとは言ってやらない。だってこれは、あくまでヤケ食いなんだからね。 「ところで一つ気になるんだけどさぁ」 「えっ!? 何か不味い所ありました!?」 「いや、お菓子の方じゃなくて、君がさっき言ってた『待つときのモットー』ってヤツ。あれ、どういう意味?」 「ああ、それですか。う〜ん……モットーというか、子どもの頃からの癖? みたいなものなんですけどね」 「癖?」        ● ● ● 「ボクは今でこそ祖父母の元でお世話になってますが、小学生の頃までは母と一緒に暮らしてまして」  ――お母さんと? じゃあお父さんは? 「さぁ……未だに顔も知りません。とにかく母はボクを育てるために、毎日夜遅くまで仕事に出ていたので、ボクは自然と家でお留守番をするのが日課になってました」  ――なるほどね。それが今の待屋君に繋がってるってわけか。 「まぁ、そうなんですけどね。でも、ある日から母は全く家に帰って来なくなって」  ――どういうこと? 「詳しい事情は今でも分かりません。その日も母はいつものように『仕事に行ってくるから良い子でお留守番してて』と言って出かけていったんですけど、それっきり……」  ――それで、結局どうなったの? 「ボクは待ち続けました。待っていれば、いつか必ず帰ってきてくれると信じて。それでも飲まず食わずのままでいるうちに、とうとう倒れちゃって。そしたら偶然、アパートの大家さんが見つけてくれたみたいで、ボクはそのまま病院に運び込まれて、やがて母方の祖父母が引き取ってくれました」  ――それはよかった……って言っていいのか分からないけど…… 「あのまま死んじゃうよりはマシだと思ってます。だって死んじゃったら、今もこうして母の帰りを待っていられませんから」  ――今も待ってるの? 「変ですか?」  ――変っていうか、いくら何でも健気すぎない? そもそもそこまで待てるなら、自ら探しに行こうとしなかったの? 捜索願いは? 「……出してません」  ――何で!? 「怖いんです、理由を知るのが。それを知っちゃうくらいなら、いつかまた母と笑って再会できると夢見ている方が、少しは気が楽だから……」        ● ● ● 「……ごめんなさい。何か変な空気になっちゃいましたね」 「いや、別に……こっちこそ、言いづらいこと聞いちゃってごめんなさい」  何となく聞いてみたつもりだったのに、スイーツの口直しにしては、あまりにしょっぱすぎて。いつの間にか、アタシの食べる手は完全に止まってしまっていた。  待屋君にとっての《待つこと》とはつまり、彼の母親に植え付けられた《呪い》とも受け取れる。彼の話を聞く限りはね。  だけど、それが彼自身の生きる原動力になっているのだとしたら…… 「まぁ、さっきはモットーなんて言いましたが、要は臆病なだけなんですよね、自分が」 「臆病、ねぇ……でも君はその臆病を、少しでも《楽しみ》に変えてきたんでしょ?」 「……えっ?」 「君が人生かけてでもお母さんを待ち続けたいって言うなら、それは充分素敵なことだと思う。けど、もし君がどうしても待ちきれなくなったら、そのときは刑事(アタシ)を頼ってよ。アタシの仕事は待屋君と違って、《追うこと》だから」  と、いかにも頼もしそうな微笑みをオマケして、アタシなりに精一杯の言葉を捻り出してはみたものの。これって所詮は、アタシのエゴでしかないのよね。  それでもアタシは守りたくなったの、君の《楽しみ》を。そのために生きていたいという気持ちを。  そして君には安心してほしいの。君が待ち望んだ先に、たとえどんな結果が待ち受けていようと……いつでも頼れる味方がここにいるって。 「……フフッ。じゃあボクは、意地でも待ち続けてみようかな?」 「何よ、それ! アタシのこと信用してないってこと!?」 「そういうわけじゃないですけど……でも《待つこと》がボクの仕事であり、趣味なんで」  少しは喜んでもらえたかと思いきや、期待した返事はまさかの強がり。でもそれが彼らしいというか、ガッカリな反面、逆にアタシが安心させられたというか。  こうなりゃアタシも意地よ。極秘で彼の母親の行方を追い求めてみようかしら?  ただし、それで行方が分かったとしても、彼が待ちきれなくなるまでは教えてあげない。  だって教えちゃったら、彼の人生の楽しみを奪いかねないもんね。 「それよりスズさん、何だかんだ言ってほとんど食べてくれましたね。ワンホールもあったのに」 「えっ? そ、それはっ……ほら! ヤケ食いよ、ヤケ食い!」 「だとしても、不味かったらそこまで食べ進みませんよね?」 「うるっさいなぁ! 何? もしかしてアタシの感想待ち? だったら今度、本家を持ってきてよ! そしたら君のと食べ比べてあげるから!」 「それはさすがに無理なんで、またウチの店に並びに来てくださいよ。アナタのご来店、心よりお待ちしてますから」 【待ち屋ガレット】 Fin.
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