116 喫茶室「123」②~文字で想像させるメニュー

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116 喫茶室「123」②~文字で想像させるメニュー

「これは屋敷のメイドで思ったのだけど、やっぱりぱりっとした白い袖口は感じがいいと思うの」 「確かにね」  ヘリテージュも大きく頷く。 「掃除のメイドはそこ腕まくりをしている様ね」 「だからつけ袖口があるんですよ」  共に招かれたポーレは自慢げに笑う。 「さすがにそれは私は知らなかったわ」 「奥様がご存じだったらびっくりです」 「私達のところではレースの飾り袖口とかも作るけど」  ほら、と自身のそれを示す。  北西特有の編み方は現在帝都の社交界で噂になりつつあった。  貴婦人の趣味の一つとして刺繍があるが、レース編みもその一つになりつつあった。 「まあ、リューミンのところのそれも好きだけど、こういう仕事には向かないし。そもそもコストがね」 「コスト! だったら新しい糸を…… ああ駄目駄目! ねえセレ、そっちの糸だとやっぱりまだまだ切れやすいわ。もう少し強度を増せないかしら」  リューミンはセレの方を向いた。  最近は冬の内職として、この仕事がなかなかの収入になるのだ。 「光沢を出そうとすれば強度が落ちる。強度を増せばどうもごつくなるし」 「太い糸でも可愛らしい形とかできない?」 「そうねえ…… 編み方の基礎は一緒だから、あとは何をモチーフにするかだけど……」  そうこうしているうちに、彼女達の前にメニューが運ばれてきた。 「お、お茶だけじゃないんだな」 「何、テンダー、セレに説明していなかったの?」 「やっぱりこういうものは実際に来た時に驚かせたいと思って」 「驚かす?」  リューミンも首を傾げる。  そして皆それぞれに配られたメニューの文字を目でたどる。  メニューには文字しか記されていないから、付けられた名から想像するしかない。 「なになに、七色のソーダ水?」 「地獄の様に甘いコーヒー……」 「ほんのり甘い優しさのミルクセーキ……」 「冷たいプディングに果物を添えて……」  まじまじと丸テーブルについた七人はしばし無言になる。 「やっぱりここは、皆色んなものを頼んでみるのが定石じゃないか? 私はこの地獄の様に甘いコーヒーと夕暮れの雲の様な綿あめをかけたふわふわ卵ケーキ、というのにしてみる」  セレは踊る飾り言葉に頭がくらくらしたのか、とりあえず決めたものを口にした。 「そうね。お菓子の方は取り皿もいただきましょう」  キリューテリャはそう言うと、自分は七色のソーダ水の中から本日のおすすめ、それにアイスクリームを、と言った。 「私はええと、チョコレートを甘くしたもの…… に、果物を添えたクラッカーがいいかしら」  リューミンは加えて「うちの方ではあまり食べられないものがいいわ」と言った。 「ココアの材料のカカオは確かに北西にはは育たないものね。私はミルクと半々にしたコーヒー。それに雪の様に泡立てクリームを乗せたバターケーキかしら」 「ヘリテ、貴女が無難なものにするなんて!」  エンジュがけらけらと笑った。 「あら、そんなこと言うと上の予約特別室の宣伝をしてあげないことよ」 「それは困るわ! 上の部屋は下と違う付加価値をつけるところなのよ」  エンジュは笑いつつ、ヘリテージュにそれでも本気でそう頼む。  二階と三階は吹き抜けのホールを見下ろす様にぐるりと席が作られている。  特に三階にはわざわざ最新式の昇降機を設置し、予約した富裕層がそっと個室に通されることも可能な様に改装されている。   自宅以外のところでごくごく限られた親密な友人とだけお茶の時間を楽しみたい、という層もあるというのがヘリテージュからの助言だった。  そして皆それぞれかぶらない様に注文をし、自分達の前にあるメニューのあり方をしばし話題にした。 「写真を入れる訳にはいかなかったの? 『画報』の編集長様」 「それも考えたのだけどね」  エンジュはそう言って用意していた紙挟みを取り出した。 「ほら、これが七色のソーダ水を撮影したもの」  ああ…… と皆からため息が漏れる。 「確かにこれじゃあ七色かどうかも分からないな」 「貴女のところは上手い着色技術があったのではなくって?」 「着色の原画はこっち」 「あら綺麗」 「ところがそれを印刷するとこうなってしまう」  うわ、と皆で声を上げた。 「何か美味しくなさそう……」 「でしょ? うちの雑誌ではだから、色があって印刷可能で効果的だと色をつけるけど、……まだちょっと駄目だな、と思うのよ。特にこういうお菓子だの飲み物は」 「服や布地はいいのですか?」  キリューテリャは時々地元の布を頼まれて送ったことがある。  南西の織物紹介、ということで鮮やかな色と柄が色つきで印刷されていた。 「やっぱり少し違うのよね……」
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