119 喫茶室「123」⑤~女装男優の憂鬱

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119 喫茶室「123」⑤~女装男優の憂鬱

「そんで次が…… 役者仲間の野郎どもとの交流」 「……良くないんですか?」  やや不安げな表情でテンダーはヒドゥンの顔をのぞき込む。 「や、普段はいいんだ。けどな、退けてそのあと、何かと色街へしけ込もうとする訳だ。あ、今更だけどこういう話いい?」 「今更ですけどいいですよ。ご一緒される?」 「ご一緒したくないのに連れて行かれそうになって困る」 「そういうところは嫌いですか?」 「キミ、俺の手紙読んでてそういうの嫌いだって知ってるだろ?」  くす、と彼は笑った。 「退けて打ち上げてメシ食って。俺はそれだけでもうお疲れなんだってば。何でそれ以上疲れるとこ行かないといけないんだか」 「疲れます?」 「じゃあキミ、……は、男が近づくと嫌だからそのたとえは駄目か」 「駄目です。でもヒドゥンさん別に女の方自体駄目じゃないでしょう?」 「視線が嫌でなあ」 「視線、とは」 「ちっちゃ!」  ぱっ、と目を広げて。  小さく叫んで彼は指さす仕草をする。 「……って言われるか、そういう目で見られる訳だ。役を演ってる時以外、俺という男である時は」  やれやれ、と彼は手を広げる。 「で、毎度毎度皆いちいちおことわりする訳だ。こいつは俺等と同じ歳ですよーって。気を遣ってるつもりだろうけどな」 「嫌だって言ってます?」 「酔ってる時の奴等の記憶なんて当てにならないし。面倒だからもうここ何年か打ち上げ終わったら寝るからってことにしてるんだけど」  断れない時もあるらしい。 「気にしてたんですね」 「そりゃしてるね。女役するのも面白いけど、俺だって男役で主役張りたいとはいつも思ってる。……ああ、あそこでキミのポーレ嬢が目をきらきらさせて話し込んでる作家のセンセイ」 「ロンテ・カナン女史」 「そぉそぉ。確かあのセンセイ、キミの友達の雑誌だけでなく、『怪奇小説』でもよく書いてるんだけど。その話の一つに吸精鬼のがあってな」 「吸精鬼…… 何ですか、精気を吸う? ……人間の?」 「や、花とかそういうのでもいいんだけど。ともかくそういうのを吸って生きてく、歳食わない種族が居る、という前提」  今度ポーレに詳しく聞こう、いや持っているなら借りよう、とテンダーは思う。 「歳を食わない」 「それで種族を増やす方法がヒトの様なのじゃなくて、血を与えるんだ」 「血を?」 「そ。与えた血が相手の体中を巡って、ヒトの部分と置き換わっていって吸精鬼になるっていうわけ。そうすると時が止まる、と」 「なるほど」 「だから仲間にするには大人じゃなくちゃならない、という縛りがある。けどたまたま! 死にかけの吸精鬼を助けた時にその血を口にしてしまった少年が居たら」 「そこで時が止まってしまう!」 「そぉ。な、それだったら俺の適役じゃない?」  確かに、とテンダーは大きく何度も首を縦に振った。 「誰かそれを演劇にしたことがあるんですか?」 「無いだろ。そもそも怪奇ものは場所を選ぶしな。……このホールはその意味でもいい感じだと思うんだけど」 「だったら、せっかくだから後で先生とエンジュに――メンガス嬢に話をつけてみては?」 「無論。機会は逃さん。――で、三つ目」 「え、今の凄い重要な話なのにそれより厄介な話ですか」 「厄介。『こんな俺には話が来ないと思って』と親切で結婚話を持ってくる奴が多過ぎ」  はああああああ、と彼は大きくため息をつき俯くと、やや神経質にグラスをかき回す。 「……婚約破棄されたキミが羨ましい」 「ですか」 「そうすればある程度猶予があるだろ?」 「女は特に、それで無しになることもありますからねえ。私からしたら願ったり叶ったりですが。でも」 「俺もだんだん三十に近付いてるからって何か周りがなあ…… 親切で言ってるから逆に困る」 「……困りますねえ」  テンダーもかつて何かと領地付近のお茶会に出たときに思ったものだった。  ただその時は―― 「だったらヒドゥンさん」 「何」 「私をとりあえず婚約者ってことにしときませんか?」
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