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138 さすがに元凶に話を付けに行こう①
「まず奥様がこの坊ちゃまがお生まれになった時に、『醜い!』とおっしゃったんですよ」
テンダーはフィリアとゲオルグを事情を聞くために呼び出した。
「アンジー様は当初はそれでもご自分でお産みになられたし、婿君もやはり最初の子ということでそれなりに可愛がっていたのですが、二年後に嬢ちゃまがお生まれになった時、それこそアンジー様の時のように美しいお子様だったので、奥様がまた大喜びなさって」
「……ということは、娘の方はお母様の手元にあるということ?」
「それに関しては旦那様が阻止しました。何とかアンジー様ご夫妻のもとで乳母をつけているのですが、何かと奥様はやってきては、坊ちゃまと嬢ちゃまをお比べになるんです」
「お母様め……!」
ちっ、とテンダーは舌打ちをした。
一瞬フィリアは顔をしかめたが、そこは見ないことにした。
さすがに夫人のやり方にはフィリアもつくづく呆れていたのだ。
「まあだからアンジー様も当初はどちらのお子様も愛情があったんだと思いますよ。ですが、嬢ちゃまをあまりに奥様が見たがって可愛がりたがって、としているうちに、妊娠中に少し崩れだしていた食べ物の好みが急速におかしくなったんです」
「すると、彼女が太り始めたのは二人目のお子さんを出産された後、つまり二年前ということですか?」
担当になった病院の内科医が問いかける。
ファン医師も関係者一同ということで、そこには居た。
「それまでもふっくらとしたな、という感じはありました。ですが急速に膨れだしたのは二年前からです」
テンダーはベッドで眠りについているアンジーの身体を見る。
その盛り上がり方ときたら、かつての倍と言ってもいい。
「妊娠中は…… そうですね、最初の時は悪阻で食欲が失せた後、ともかくビスケットの様に歯応えのあるお菓子を欲しがってました。そればかりだと身体に良くない、とも主治医にも言われていたのですが、実際逆らえるメイドは居ませんでしたから、用意できるだけする、という習慣がそこでついたんですね。だからまあ、出産後もふっくらしたのは仕方ないかな、と思ったんです。ですが、嬢ちゃまの後は、その量が異様なものになっていったんですよ」
「具体的には?」
「普段の食事だけでなく、ともかく部屋に何かしらの食物と飲み物を置いておかないと機嫌が悪くなるんですね。そしてメイド達が見かける時には常に何か、少しずつでも口に入れて噛み砕いている、という感じでした」
「いつも、というなら菓子や果物とか?」
「噛み応えのあるものや甘いものが好きでしたので、ある日糖蜜がけのナッツをお持ちしたら、ことさらに気に入った様で、ともかくそればかり」
うわ、とヒドゥンが顔をしかめた。
「ナッツの糖蜜がけって、あの少しで腹が膨れるもんだよな?」
「ええそうです。ところがひたすらそれをだらだらと口に入れ続けるのですよ。で、それ以外のことをしなくなって行くんですね、次第に」
「しなくなって行く?」
テンダーはどういう意味か、と問いかけた。
「言葉の通りです。お子様達はまあ乳母がついているからいいんですが、若夫人としての役目、社交に関係する手紙を書くだの、招待されたパーティに出席するだの、そういうことをだんだんしなくなっていったんですよ」
「クライドはそれには何も言わなかったの?」
「無論言いました。アンジー様も当初はそれでもしぶしぶ動いていたのですが、だんだん動くのが億劫になってきたのか、部屋着のまま一日過ごす様なことまで増えてきて」
「あのアンジーが!?」
「ええ。そうすると、それこそテンダー様の服ではありませんが、身体がゆったりと楽なままでしょう? コルセットをつけているならば、それなりに自分の身体の変調も分かると思うのですが、どうもうちの方にも次第に流行の関係で、テンダー様の服の話も出てきて、ゆったりした服を模倣して作るところも増えていたのですね。で、テンダー様にドレスを頼むのはしゃくだ、ということで、そのもどき物を作らせていたアンジー様は、どんどん…… これが食べ過ぎて吐く様な体質ならまだ良かったのかも、なんですが……」
「いや吐くのは良くない。……が、ここまで一気に膨れるのは、これはこれで本当に良く無い」
ファン医師は真面目な顔で言った。
「ちょっと動いただけでひどい脈拍だ。それに予想はしていたが、こっちで測った血圧も酷いもんだ。倒れたのはショックからだったが、もし頭に血が上っていたらまずいところだった」
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