142 さすがに元凶に話を付けに行こう⑤

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142 さすがに元凶に話を付けに行こう⑤

「お母様」    テンダーは東の対に足を踏み入れると、真っ直ぐ母の部屋へと向かった。  呼びかけると母は、満面の笑顔を返してきた。 「あらテンダー久しぶりじゃない。どうしたの、ずいぶん帝都で売れっ子の様じゃない。鼻が高いわ。あら、その後ろに居るけど貴女の後ろで見えなかった方、その方が最近婚約したとか言うお相手ね? まあ本当に小さいこと。本当に男の方かと思ったわ」 「お母様、シフォンを渡してください」  その手には、虚ろな目で抱きかかえられている子供が居た。 「何を言っているの」 「アンジーは帝都で入院しました。そしてクライドは子供を見る気は無いそうです。ですから、信頼のできる人のところに預けようと思います」 「何を言っているの!? こうやってこの子には私が居るじゃない」 「そうおっしゃるならば、まずこの部屋の窓をちゃんと開けて下さい。空気がよどんで気持ち悪い!」  テンダーは言い放ち、つかつかと部屋の真ん中を横切り、閉ざされたカーテンを開け放った。 「やめて!」  鍵を開け、窓を開く。  さっと爽やかな風が吹き込んできた。  母親はその光を避ける様に顔を手で覆った。  ――手の中に囲っていたシフォンがぐらりと傾く。  しまった! とテンダーが思った時。  既にそこには小柄な男が手を伸ばしていた。 「あっぶないなあ」  その場に直に座ったヒドゥンはのんびりとした声でよしよし、とシフォンをあやす。  そこに背後に控えていたファン医師がそっと前に回る。 「大丈夫ですかね?」  あまり身じろぎをしない子供にファン医師の表情は固くなる。 「まあ何とか。だが確かに悪い空気を吸いすぎてるな」 「テンダー嬢、ありました!」  タンダもまた、さっとその部屋の中に入り、鏡台の上に置かれている香炉を手にした。 「消してくれますか?」 「了解です! ……って、やだ、この化粧品、何でこんな沢山あるんですか!? ん? ローゼンスタのクリーム? アナンタリの化粧水? ハイドロジアの白粉? ……何でこんなもの使ってるんですか一体」 「駄目ぇぇ!」  うずくまっていた母親が、唐突に立ち上がり、鏡台の前のタンダへと飛びかかった。  予期していたのだろうか、タンダはその場でがっちりと香炉を押さえ、その上で掴みかかってくる女から自身をガードしていた。 「……ハイドロジアの白粉の使いすぎですよ、貴女は」  タンダは冷静な声で告げる。  テンダーが彼女を連れてきたのは、母親の美に対する執念がずっと気になっていたからだ。  それこそ化粧を生業としている専門のタンダだったら、自分の言葉は届かなくとも何かしらの一撃を加えるだろう、と。 「ハイドロジアの白粉だって?」  ファン医師が口にする。  彼は子供を待機していた執事やメイド達へと引き渡すと、健康状態をちゃんと見たいので寝かせておく様に頼んでいたところだった。 「おい、何でそんな毒白粉未だに使ってるんだよ!」 「毒白粉?」  テンダーはその単語に驚く。  彼女自身はあまり化粧を強くしないため、服飾に関わっていながらその方面にはやや疎い。 「そうですよ。鉛入りです」 「え」 「キミはあまりそっちに興味無いから知らんかったろうが、鉛入りの白粉は昔っから白く輝く肌に見せるために使われていてなあ。俳優も昔はそれで結構早死にしていたくらいだし」 「でももう、私達はそんなもの使ってませんよ!? って言うか、何で未だにあるんですか? この瓶まださして古くないじゃないですか!」 「返して!」  母親は白粉の瓶を持ち上げるタンダに手を伸ばす。  タンダは瓶をぽいと部屋の隅に放り出した。 「駄目よ! あれがないと……」  身を乗り出した母親の顔に、タンダはチューブ入りのクリームを大きく絞り出した。  手伝う、とファン医師は母親を背後から押さえた。  思い切り出したクリームを顔全体に伸ばし、ぬちゃぬちゃと音を立てて広げ、顔の皮膚もこれでもかとばかりに揉み出す。 「ヒドゥンさん」 「ほいよ」  彼女の商売道具のケースを開いて横に置く。  慣れた手つきで専用の布でクリームを大きく――やがて細かく拭き取り始めた。 「……え」  テンダーはその顔を見て驚いた。 「本当に…… お母様なの?」  そこに居たのは、テンダーの記憶のそれとはずいぶんとかけ離れていた。 「そんなに――老けていたなんて」
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