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「しまった!」
朋彦は舌打ちした。
今夜は、2階の部屋の北側の窓から、花火を眺めながら、あるサプライズを考えていたのだ。
とは言っても、隣町の花火なのだが。
大学卒業と同時に、実家を出た。
それまでは、遠くに見える晩夏の花火を、自分の部屋から見ていた。
北側に農地が広がっていたおかげで、遮るものがなく、おまけにエアコン完備の特等席だった。
近年、その農地が売られ、宅地開発が始まっていた。
朋彦が家を出た時は、まだ更地だったが、今は市道を挟んだ反対側に一軒家が建っている。ちょうど花火の方向だ。
『ドーン、ドーン』
かすかに、でも存在感のある音が聞こえ始めた。
視線を上げる。
けど……
(やっぱり……)
見えるのは一軒家だけ。
音だけが、遠くむなしく響く。
その時、階下から母の呼ぶ声がした。
「朋彦、希美さんよ」
希美は、朋彦の幼馴染み。
大学入学の時に別々の町に住むようになったのをきっかけに、ちゃんと付き合い始めた。
彼女は、大学を卒業し、地元に戻って小学校の教員をしている。
「ごめんね、遅れちゃった」
階段を降りた朋彦を見て、希美がチラッと舌を出す。
「いや、それより……」
と、朋彦はバツが悪そうに、
「花火、見れないんだ」
「えっ……」
大きな目が丸くなる。
「実は……」
朋彦は事情を話した。
すると、希美はガッカリするどころか、
「それじゃあさぁ」
と、朋彦の手を取り、
「一緒に来て」
その手をグイと引いた。
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