あと1回

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 緊急の連絡が病院から来た。  父が本当に危ないらしい。  本当は直ぐに駆けつけられる準備をしようとしていた。  臭くないようにニンニクなどの匂いのキツイ食べ物を食べないようにとか、シャワーは早めに浴びて髭も剃っておくとか、車で駆けつけられるようにお酒も飲まないようにとか、いろいろ、やっていた、のに。  こんな日に限って、僕はビールを思いっきり飲んでいた。  やはり父のことを考えると苦しくて眠れなくて頭がおかしくなりそうで、何度も夜中に冷蔵庫を開け閉めしているうちに缶ビールを取って飲んでしまったんだ。1本飲めば土手は崩れるものだ。  かなり酔っぱらっていた。最悪だ。  病院で看護師さんに、なんて思われるんだろう?  ってか?、さぁ、父が死にそうなのに、真っ先に考えたのは自分のことだった。  薄情な息子だと自覚する。  僕は仕方なくタクシーを呼ぶことにする。それもお金がもったいないなぁ~なんて思っている。  しかし、病院に着くと、心はガラッと変わる。  悲しくなる。心がしんどくなる。  そうなんだ、離れていると現実を受け入れないようにしてる自分がいることに気づいた。    ここに来たら、もう逃げられない。その覚悟がいるんだ。  呼ばれている病室に向かう。  間に合ったのかな?    僕は心の中で、もう1回、奇跡を起こしてって願った。  前回も助かったんだから、もう1回、元気に話そうよってテレパシーのようなもので話しかけ続けた。  そして、病室に入る。  まだ、生きていた。  父は生きている。 「もう1回」 「もう1回、キャッチボール、しようよ、おとうさん!」 「もう1回」 「もう1回」 「もう1回」  父は少し困ったように笑った。  困った息子だなぁって顔をした。  僕の頭を撫でてくれた。 「おとうさん」 「あと、1回、あと、1回…」 「ア、ト、イッ、カイ…」      僕の家族が消えてゆく。  執拗に、執拗に。  僕は懇願して泣いていた。  会話のキャッチボールが、茜空を思い出し、日暮れも思い出す。  母が今度は僕じゃなく、父を迎えに来る時間かもしれないね。 「早く家に帰りなさい!」って。
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