あと1回

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 幼い頃、よく父とキャッチボールをして遊んだ。  家の横の砂利道で遊んでた。車がギリギリ入れる道路で滅多に車は来ないから。  父は事故で指の先が無い。まともなのは小指だけ。それでも指先の無い手で僕よりも強いボールを投げていた。  遊ぶのは夕方が多かった。  それは父が昼からビールを飲んで酔って眠っていたから。  起きるのが夕方の3時を大きく回っていて、それから僕の執拗なお願い攻撃でやっと外に出れるのが4時半くらいになっていた。  ただのキャッチボール。  投げたり受けたり。  それだけなのに子供の頃は夢中になった。  すぐに止めて家に帰ろうとする父を何度もひき止めて、 「あと1回、あと1回」  それを永遠のように繰り返した。  いつしか空は茜色になり、暗くなり始めた頃に母が来て、夕食が出来ているから早く帰りなさいと僕を叱った。  父はやっと解き放されてホッとした笑顔をしていた。    実は父と遊んだのはそんなに多くない。  父は家族と遊ぶタイプではなく、いつも一人で何かを作ったり掃除したり、とにかく一人で黙々と作業をするのが好きな人だった。  キャッチボールも回数は両手に満たないだろう。  だから、僕は必死に日暮れまで粘って、 「あと1回」  それを言い続けたんだと思う。  本当に必死に、終わることが怖くて、またが無いような気がして。  だから、あの茜空や日暮れの景色が今でもすぐに思い出せる。 「おとうさん」
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