8人が本棚に入れています
本棚に追加
02_客観的に見て『そういうこと』_Lies, lies, lies
「寿都にも困ったもんだね。あんなに標津にべったりなのに、更別にまでって気が多すぎでしょ。しかも標津の目の前で。訳わかんないよね」
厚岸さんはそういって、空いている寿都くんの席へ座ると「ねー」と相槌を求めてきた。
ああうん、とわたしは曖昧に返す。わたしの反応に苦笑しかけた厚岸さんは「そうじゃなくて」と身を乗り出した。
「標津、初恋まだって本当? あたしら高二だよ?」
「声に出ていた?」とあわてて手で口をおおう。なにそれ、と厚岸さんは笑って、「標津って面白いかも」とくつろいだ顔をされた。
「ほら、寿都って陽キャってほどじゃないけど人懐っこいっしょ。それで標津がその気になっていたらアレだなって思っていたんだけどさ。違っててよかった」
……どうして厚岸さんが「よかった」って思うんだろう。寿都くんってそんなに人気があったのかな。それとも陰キャのわたしがハッピーになるのが気に食わなかったのかな。
「標津、声に出てる。それにその考え卑屈だから。あたしら、そんなに意地悪じゃないし」
ごめん、というのも悔しくて、わたしは厚岸さんから視線を逸らす。
「まあね。標津、愛とか恋とか興味なさそうだもんね。寿都、標津の持っていた本がどうとかっていっていたけど、そんだけでちょっかい出されても困るよねー」
本? ピクリと耳が動く。本って、まさかこの本? 手元のオリオン大星雲の新書を見た。
「まあ標津がつれなくするから、すぐに別女子へいくくらいだけど。でもちょっとひどいよねー」
あはは、と厚岸さんは笑う。同意して笑え、という目だ。
……いや、笑えないから。
寿都くんに心ひかれて欲しくないのか、欲しいのか、どっちよ。
……心ひかれた上で振られて欲しいのかな。……そう思うのって卑屈すぎるかな。
不意に厚岸さんが立ちあがった。顔を向けると寿都くんが戻ってくるのが見えた。
「なに、どうかしたの?」
寿都くんが厚岸さんとわたしへ声をかける。「別にー」と厚岸さんは背中を向けて、寿都くんは首をかしげて私を見た。
はあ、とわたしは重い息をはく。
「寿都くん」
「ん? どうしたの?」
「もうわたしに気を使わないでくれるかな」
「へ? ……どういこと?」
「あれこれ話しかけるの、もう十分だよ。やめてほしい。ちょっと……ウザいし」
寿都くんの顔色がみるみる白くなっていった。
**
翌日から寿都くんはわたしへ話しかけてこなくなった。
回覧プリントを渡すときも、そっと手を出すだけだ。顔も向けない。
自分でいいだしたこととはいえ、とてつもなく居心地が悪い。
だけど、休み時間になるたびに、待ちかねたように更別さんの席へ向かう寿都くんをみて、「これでよかったんだ」とホッとした。
それから手元の馬頭星雲が載っている本を開く。笑みが広がる。うん、これでいい。こういう穏やかな時間だけで、わたしは十分。わたしに恋はきっと早かったんだ。
視線の端に寿都くんと更別さんが映る。チリリと胸が痛む。
**
九州へ転校するのが決まったのは、それからすぐだ。
最初のコメントを投稿しよう!