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04_火の国はおいしいところですね_Lies
「暑いっ」
北海道ならお盆すぎたら涼しくなるのに、九州はぜんぜん違う。
湿度だってそうだ。
今年は北海道も蒸し暑い日が多かったけれど、そんなことを思ってごめんなさい、って手を合わせたくなるくらい蒸し暑かった。息をするだけで苦しいくらい。
夏だけじゃなかった。冬もそう。
植わっている樹々に目を丸くし、雪が降らないのを切なく思い、冬に花が咲いているのに面食らう。海の色までぜんぜん違う。焼きトウキビだって身近ではない。なにこれ、ほとんど外国でしょ。
人との距離感もぜんぜん違う。方言に慣れるのも一苦労。
この火の国にすぐに慣れ親しみ、「みかんが樹になっている~」と頬を染める母や「とり天うまっ」と大喜びの父とは大違いだ。
そこでわたしは決意した。
大学は北海道へ戻ろう。
そして星の研究をするのだ。
「百々~、ほらカボスだよ~。柚子味噌もいただいたから~。湯布院とかいこうよう~」
あれやこれやとわたしの気を引こうとする両親を無視して、わたしは必死で受験勉強をした。その鬼気迫る姿に両親も折れて宇佐神宮でお守りを買ってきてくれた。
「……って、宇佐神宮って恋愛成就のご利益があるとこなんじゃ」
「百々だって成就させたい恋のひとつや二つや三つくらいあるでしょう?」
「ないからっ。いわせないでよっ」
悔しいことに脳裏に寿都くんの姿が浮かぶ。
ああもうっ、と問題集を開く。ないから。もう終わったことだからっ。
……未練がましい自分が鬱陶しい。
**
怒りというのは凄まじいエネルギーらしい。
一日八時間の受験勉強を重ねて大学入学共通テストを乗り越えて、前期二次試験で久々の北海道に喜び震えながら、気合と根性と運でわたしは北海道の大学への合格者通知を手に入れた。
総合入試の理系、物理重点選抜群だ。
何千人も新入生がいる大学。
誰か高校の時の顔見知りに会うかな、と思ったけれど、──正直にいうと寿都くんに会えるかな、って思ったけれど、会えなかった。
そりゃあまあ、同じ札幌市内だからと、みんながみんな、この大学を目指すわけじゃないし、ひょっとしたらすれ違っているのかもだけれど、お互い姿カタチが変わっているだろうから気づけないってこともあるだろうし。
……変わった? 本当に?
学食で味噌ラーメンをすする手を止める。
最低限の化粧はしているけれど、髪も服も適当だ。友だちもいない。彼氏もいない。ちょっかいを出してくる人は誰もいない。
わたし、本当に変わったかな。
脇に置いた教科書に視線を向ける。
宇宙物理学概論──笑みが広がる。うん、大丈夫。わたしは毎日が楽しい。充実している。誰に恥じることもない毎日を送っている。
ただそこに、寿都くんがいないだけ。
贅沢をいったらバチが当たる。
あのときわたしが彼にいったんだよ?
『もう十分だよ』
そうだ、これは理想の日々だ。
胸を張ろう。
両手で顔を叩いてラーメンをすする。
**
それから宇宙惑星の研究室へ進んで千葉の大きな学会でポスター発表をすることになった。
意気揚々と会場でポスターを掲示して、その隣のポスターを見てわたしは「ええええ~~」と声を裏返した。
そこには寿都くんの名前があった。
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