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01_それは突然にやってきた_Lies
恋ってなんだろう。
どんな気持ちになるのかな。
わたしも恋ができるのかな──そんな日が本当に来るのかな。
そう思っていたんだけど。
それは突然にやってきた。
***
高校2年の夏の終わり。新学期が始まってすぐ。
夏休みの余韻を残した教室で、わたしは椅子に座っていた。もうすぐ先生が来る。そういう時間帯。
隣の席の寿都くんは深く椅子に座りながら──ずうううっと、わたしに話しかけていた。
今年はめっちゃ暑い夏だったよね~。
北海道の癖に湿度高いってないし。
ウチ、エアコンがリビングしかなくてさ。寝苦しいのなんのって。
標津さんはスイカとか食べた? おれ、今年、人生で一番たくさんトウキビ食べたかも。
ばあちゃんがトウキビ育てはじめてさ。毎日もぎたてを持ってきてくれるのよ。
旨いんだけどさ。トウキビは鮮度が命だからすぐに茹でろってばあちゃん、いい張って。
親は仕事だから、おれが茹でるわけ。暑いのなんのってね。
弟たちは焼きトウキビがいいとか、バター乗っけるとか、大騒ぎでさ。
あ、焼きトウキビいる? 持ってきたんだ。
「はい」と寿都くんは、本当にラップにくるんだ焼きトウキビを差し出してきさえする。
いらない、とわたしは首を振る。
「遠慮すんなよ。醤油が香ばしくて旨いんだよ?」
「おーい、寿都」と先生の声が響いた。いつの間に入ってきたのかな。教壇に立ってこっちを睨んでいる。
「堂々と食い物を出してんなや。没収するぞ」
「うわ、ごめんなさい。見なかったことにして」
「十秒だけ待ってやる」
「ム〇カさんより厳しいっ」
教室が笑い声に包まれる間に寿都くんは焼きトウキビをカバンへしまう。……カバンの中、いい匂いがしそう。
寿都くんはいたずらっぽくわたしへほほ笑む。
どう反応したらいいのかわからなくて、わたしは澄ました顔を黒板へ向けた。
だってどうして寿都くんがわたしへ話しかけてくるのか、わかならい。
今日だけじゃない。
席が隣になったからでもない。
その前からずっと休み時間になると寿都くんはわたしへ「今朝の目玉焼きが最高にいいデキだったんだよ」とどうでもいいことを話しかけてくる。
なんでわたし? いつも一人でいるから?
可哀そうだから話しかけてくれるの?
……どんなに塩対応をしても、まったく変わらず話しかけてくるし。
嬉しそうに話しかけているのは本当に嬉しいから? それとも全部作り笑い? 嘘?
素直に「本当にわたしと話していて嬉しいから」って思いたいけど──思えない。
これまた、だってほら、とわたしは視線を斜め前へと向ける。
背筋をすっとのばして穏やかな笑みを浮かべている更別さん。
休み時間になると寿都くんはわたしへ笑顔を向けて、それからまっすぐに更別さんの元へと向かった。彼女の脇にしゃがんで楽しそうに言葉をかわしていく。
これもいつものこと。
あああ~~、と胸でうなって額に手を当てた。
恋って自分には無縁なものだって思ってきた。
だからずっと好きな本を読んで過ごしてきた。
天文学の本。
馬頭星雲の画像を見ていると、教室であれこれ悩んでいるのがくだらなく思えた。
ロケット実験の冊子を開けば気持ちはたちまち宇宙だ。
そう、わたしの夢は、宇宙に関わる研究者になること。
それを思うと、嫌なことも不安なことも、全部キレイに吹き飛ぶのだ。
だけど──。
そういうふうに、恋ココロに手を抜いてきた、これはそのツケ?
恋どころか友だち関係にも「別に不便じゃないし」と手を抜いてきた。相談する相手もいない。これもまたツケ、なんだろうな。
思えば初恋もまだだった。この悶々とする気持ちが恋なのかどうかもわからない。
それなのに、いきなりこんなに話しかけられたりするだけでもうキャパオーバーなんだから。
ああああ~~、と再びうなって大きなため息をついたときだ。
「そうだったのっ?」
裏返った声が聞こえて顔をあげた。
陽キャ女子の厚岸さんが目の前に立っていた。
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