追々試験

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 追々……ということからもわかる通り、僕は既に彼女へ追試験を受けるチャンスを与えていた。しかし追試験を受けた彼女の成績は最低基準点に届かなかった。だから単位修得を認めない「不可」の成績を午前中に彼女へメールで伝えたところ、その日の午後にはこうやって夏休みの静寂をぶち破られている。そのフットワークの軽さをなぜ勉学に活かせなかったのだろうか。返すがえすも残念でならない。  正直、こうやって救済措置を求めて研究室までやってくる学生は毎年存在する。しかし、それをそう簡単に「うん」などと承諾することはできかねる。特別扱いなどということをたった一度やってしまうだけで、噂は光ファイバー通信よりも高速で広まる。あいつ多少泣き落としすれば通るまで何度でも追試やってくれるぜ……などという話が学生の中で広まってしまっては、たまったものではない。  もっとも、学生にとっては試験を受けたあと成績通知が来るまで、流した涙も汗も忘れてどれだけ遊び呆けていたっていいのだが、教員側はそうではない。ただでさえ自分の研究や学会出席等で忙しい中、試験の採点をして、その結果を学務システムに入力し、さらにゼミ生の指導やらなんやらとやることが山積みだ。学生ファーストになれ……と言われても無理がある。大学の教員とはあくまで研究が本分であって、試験などという大鉈をもって学生の生殺与奪を操り楽しんでいるような事実は、これっぽっちもないのである。  とはいえ、こんなことを彼女にこんこんと説いたところで解決などしない。むしろ解決しないまま時計の針ばかりがぐるぐると回り、いい加減に疲れてきた僕は、溜息をつきながら、肩の力を抜いた。 「なんで……ってさあ。新川さん、追試受けたでしょ?」 「受けましたよ」 「結果通知のメールには?」 「不合格、って」 「はい。それじゃ解散」 「違ーう違う違う、違う。ノン。先生、あともう一回、ねっ。ワンモアセッ」 「だから、それじゃ追試の意味がないんだってば」  もう涸れ果てたと思っていた溜息が再び、身体の奥から湧き出してきた。さっきから何度このやりとりをしたと思っているのだろうか。どんどん疲弊していく僕と対照的に、彼女はまったく笑顔を絶やす様子がない。そもそも、いくら僕が教員としては比較的若いほうだからといって、ずいぶん気安い態度をとってくれるものだ。
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