Cと30

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Cと30

 ビタロス共和国の首都、マリオットの外れにあるアレッタ地区は、古き良き下町の風情を残すマリオットの名所の一つだ。  かつてはマリオットでも指折りの治安の悪い地区として知られていたが、街の再開発や住民たちの地道な活動により、今では見違えるような平和で穏やかな街に変貌を遂げていた。  アレッタの顔とまで言われた崩れたレンガ造りの廃ビルは撤去され、裏通りの落書きは綺麗に落とされた。  その跡地にはカフェや雑貨屋が軒を連ねるなどすっかりお洒落な通りに変身し、観光客やアレッタの地元民の憩いの場となっていた。  そんな通りの一角に、アレッタが「マリオットのゴミ箱」と呼ばれた時代から店を営むレストランがあった。  その名は『Casa Mia』。  ビタロスの言葉で「我が家」を意味するそのレストランは、かつてこの地区を根城にしていた不良やマフィア御用達の店で、彼らに取っては正に我が家とも言える場所だった。  もっとも、この地区が再開発されて以降は、すっかり地元に溶け込んで、観光系のWebサイトやガイドブックにもしばしば取り上げられるアレッタ自慢の名店になっていた。  そんな店に、一人の老人が訪ねてきた。どうも常連らしく、いらっしゃいの声をかけた店の主人が、彼のために空けていたであろうカウンターの席を顎で示した。  老人はゆっくりとした足取りでそこまで行くと、背の高い椅子にどうにか腰掛け、主人に笑いかけた。 「また綺麗になったんじゃないか?ロンディーネ」 「昨日も会ったのに、そんなに違うの?」  呆れたように笑いながら、ロンディーネと呼ばれた店の女主人は老人にグラスを差し出した。 「そりゃ違うさ。美しさはその一瞬ごとに変わっていく、けれどその全てが美しい」  目の前のグラスに注がれていくワインに微笑みかけながら、老人は言った。 「聞いたこと無いわね、誰の言葉?」  ロンディーネはワインを注ぎ終えると、注文も取らずに調理の準備に取りかかった。老人の注文など聞かなくてもわかると言わんばかりに。 「俺の言葉だよ」  老人はワイングラスを片手に上機嫌に答えた。 「それにしても、すっかり堅気の皆さんで繁盛する店になったもんだ。俺らの頃からしたら、考えられんね」 「それ、大きな声で言わないでよ、ズィオ」  しみじみとそう語る老人に向かって、ロンディーネは釘を刺すようにそう言った。 「ここまでするのに、結構苦労したのよ。特にうちの組織が潰れてから。もちろん、その前から地域に溶け込む努力はしてたけど」  ロンディーネの言葉にズィオと呼ばれた老人は肩をすくめた。 「はいはい、まぁあんたは確かに頑張ったよ。俺もこの通り上手く逃げ切った。お互いに過去を蒸し返す事もないわな」  そう言うと、ズィオは一口ワインを口に含み、いつの間にか目の前に出されていた子羊の煮込みを摘まんだ。 
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