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「そういや、グラッパは別の病室か?贅沢に個室なんか取りやがって」
ズィオがずいと顔を近づけながらマルソーに問いかけた。
「……ICUです」
消え入りそうなほど小さな声でマルソーが言った。
「ICUだぁ?」
ズィオは、一瞬聞き間違いかと思ったが、マルソーの臆病に縮こまる姿を見るに、どうも嘘ではなさそうだと理解した。
「おいおい、お前らの仕事ってのは確か、弁護士と教師の夫婦を始末しにいくことだったよな?二人して病院送りに、まして一人はICUにぶちこまれるほど難儀な仕事じゃねえだろ」
どうなってんだと呆れた声を上げながら、ズィオは自分の手が無意識にコートのポケットに伸びているのに気づいた。
うっかりタバコを手に取りそうになったが、マルソーを説教した手前、ここは我慢するかと自分を抑えた。
「とりあえず、何がどうしてこうなったのか、詳しく聞かせろ」
ズィオは手持ち無沙汰な両腕を組んで、厳めしい顔を作りながらマルソーを詰めた。
「……簡単な仕事だって、思ってたんすよ、実際、途中まではちょろかったんです」
意気消沈した様子で、マルソーはぽつぽつと語り始めた。
「俺らが命じられたのは、アルフォンソ·サビーニって弁護士と、その女房のアメリア·コンテを始末する事でした。コンテの方は高校で教師をやってたんですが、その高校ってのが結構荒れてるとこで」
「卒業した連中の中には、ウチにはいってくる奴らも結構いた。て話か?」
ズィオの言葉に、マルソーは静かに頷いた。
「ウチにとっちゃ、大事な人材供給源なんですよ。でもコンテは教え子を犯罪者にしたくないとか何とか言って、出来の悪い卒業生をマトモな仕事につかせるよう、色々鬱陶しく動き回ってたみたいなんです」
マルソーの説明を聞きながら、それくらい見逃してやれよとズィオは思った。こう言ってはなんだが、いくら教師が頑張った所で、道を踏み外す奴は踏み外すものだ。
「そんな理由で、旦那共々始末しろと?そう命令されたのか」
「いや、理由はそんだけじゃ無いんですよ」
ズィオの問い掛けに、マルソーは小さく頭を振った。
「最初はコンテ一人がチョロチョロ活動してたんですが、旦那の方がしゃしゃり出てきて。そんで、ウチとトラブルになった若造の弁護を始めたり、ウチのやり方は違法な勧誘に当たるだの、色々騒ぎ始めて。それがいい加減無視できなくなったんです。何度か警告はしたんですけどね、ウチに喧嘩売るのは止めとけって」
マルソーは捲し立てるようにそう言った。調子を取り戻して来たのか、サイドテーブルに置かれたウイスキーのボトルに手が伸びていた。
「おい!」
見兼ねたズィオが凄んでみせると、マルソーはびくりと肩を震わせ、伸ばした手を引っ込めた。
ズィオはマルソーのマナーの悪さに呆れた。だが話を聞く限り、今回のことが特に難しい仕事だとは思えなかった。
「素人さん二人を殺れってんだろ、要は。それでなんで二人とも病院送りなんだよ」
首を捻りながら腕を組むズィオに、マルソーは情けない声で、どこか答え難そうにしながら、こう言った。
「俺も、良くわかんないんすよ」
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