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ズィオが向かうように指示されたのは、都心部にある病院だった。
都心と言っても、ズィオがいるシエラは寂れた地方都市だから、街の中心もどこか寂しく、打ち捨てられたような物悲しさを纏っていた。
その中にあって、最新の設備を揃えた五階建ての総合病院は、街一番の大きな建物と言っても決して言いすぎでは無かった。
シエラという街は、かつて漁業や海運で栄えた港町で、ズィオのいる組織、カプランがマフィアとして産声を上げた特別な場所でもある。
だから組織は、活動の本拠地を首都マリオットに移してからも、今では見る影もなく落ちぶれたこの街の拠点を維持し続けている。
そして、産業が衰退し職のあてもないこの街で、学歴も技能もなく地元に残るしかない若者を組織に引き込んでは、組織に役立つ人間に鍛え上げていた。
シエラ出身でカプランの裏仕事に従事するエージェントは多い。かくいうズィオもシエラの生まれだ。
病院に着いたズィオは、受付には行かず裏手の関係者出入口から堂々と病院に入った。
その姿を見つけ注意しようと駆け寄ってきた看護師に、ズィオはコートに隠れた胸元のバッジを見せた。
看護師はエーデルワイスをあしらった小さなシルバーのバッジの存在に気付くと、強ばった表情を見せながら、どういったご用件でしょうかと尋ねてきた。
バッジはカプランの関係者であることを示すものだ。そして、この病院はカプランが経営している。
「マルソーとグラッパが入院してるだろ?見舞いだよ」
ズィオは出来る限り愛想良く言ってやったが、看護師は硬い表情のまま少しお待ちくださいと言うと、反転してすぐそばの部屋に駆け込んで行った。
そんなに怖がらなくてもとズィオは思ったが、カプランの名前がこの街で持つイメージを考えれば仕方ない。
やがて看護師が部屋からもう一人を伴って戻ってきた。
「こちらにどうぞ」
緊張した面持ちで口を開いたのは、後から来た看護師の方だった。年配の、いかにも看護師達を仕切っているような風格を漂わせてはいたが、カプランの関係者の前ではやはりどこか落ち着かない様子だった。
その看護師に案内され、ズィオは職員用のエレベータに乗り、入院患者の収容されている階まで上がった。
エレベータが目的の階に着くのを待ちながら、ズィオはうっかりコートの内側にしまっているタバコに手を伸ばしそうになり、ここが病院だと気付いてやめた。
(俺相手に、病院だからタバコはやめろと言うのも難しいだろうな)
さっきから一言も発さず、階数表示盤を硬い表情で見つめている看護師の背中を見ながら、ズィオは行き場を失った右手で、タバコの代わりに帽子を取った。
(こっちだって気ィ使ってんだぜ)
声には出さず、ズィオはそんなことを思った。
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