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エレベータが、五階に到着した事を告げた。看護師に先導されながら、ズィオはシンと静まりかえった廊下を奥の方まで進んだ。
「こちらの病室です」
看護師は一番奥の病室の前で立ち止まると、ズィオに言った。それから病室の扉をノックし、面会の方が来られていますと告げた。
「ちょっと…、少しだけ待ってくれ」
焦ったような声が扉の向こうから聞こえてきた。続いて、ガサゴソと音を立ててなにかを片付けるような音がした。
「構わねぇよ、開けちまえ」
ズィオはそう言ったが、看護師は躊躇うようにズィオと扉の間で視線を行き来させていた。
じれったくなったズィオは、前に進み出ると扉に手を掛け強引に引いた。
スルスルと横にスライドしたドアの向こうで、若い男が蒼い顔をしながらズィオの方を見ていた。
「元気そうじゃねぇか、マルソー」
ズィオは明るく、だがどこか嫌みったらしい声で男に声を掛けた。
「ズ、ズィオ…。わざわざ俺らなんかの見舞い来て貰うなんて」
引きつった笑顔をみせながら、ベッドの上の男はしどろもどろになりながらそう言葉を返してきた。ベッドの上には空になったショットグラスが倒れていた。
その隣には、サッカーの試合を淡々と流し続ける小型のテレビと、画面の上に無造作に置かれたワイヤレスのイヤホンが片方だけあった。
サイドテーブルにはウイスキーの小瓶が口を開いたまま置かれ、側に置かれた灰皿の上には、火が点いたままのタバコが放置されていた。
「おいおい、ここは病室ですよ、タバコはいかんよ。ね、看護師さん」
ズィオは肩をすくめながらそんなことを言いつつ、火の点いたタバコを手に取り、男の手の甲に押しあてた。
「!?ッ……」
喉を押し潰されたような音を立てながらも、マルソーは痛みを堪えるように目を強く瞑った。
マルソーの苦悶になど構う気もないズィオは、タバコを灰皿に戻すと、ベッドの傍らに置かれた椅子に腰を下ろした。
「しくじったらしいな」
タバコを押し当てられた方の手を冷ますように息を吹き掛けるマルソーに向かって、ズィオは淡々とした口調でそう尋ねた。その目は一切笑っていない。
マルソーは背筋に冷たいものを感じながら、緊張と焦燥に駆られた目でズィオを見ながら、震えるように小さく頷いた。
「カプランの邪魔になるような活動をしていた夫婦を始末しに行ったってことと、あとはそこでしくじったってこと位しか、俺は知らん。それ以外のこと、くわしく聞かせろや」
刃物の切り口のように細めた目の奥から、ズィオはマルソーを睨み付けた。
「……はい」
マルソーは力無く頷いた。
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