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あと十回・これは一体!?
「それで、この庭の一番の見どころがこの蓮池で」
三日後、ヒルリアはノビリスを伴って、宮殿の最も見事な庭園に来ていた。そこには、ブリターア帝国が征服した各地から集めた珍しい植物が生い茂っている。
そして、その中でも今一番の花の前に二人はいた。
「姫様。どうしてこちらを見てくださらないのですか?」
池の方を見てノビリスに説明していたヒルリアは、そう公子に声をかけられてビクッとした。
確かにこの庭園を案内している間中、ヒルリアはノビリスと視線を合わせてはいない。というか、少年の顔を絶対に見ないように、ヒルリアは慎重に距離を取っていた。それなのに……ヒルリアが振り向くとすぐ近くに公子はいた。
二人の間には確実に身長差があった。ヒルリアの肩までしかない少年は、ふわりと笑ってヒルリアを見上げていた。
「姫様?」
その琥珀色の瞳の笑みに、ヒルリアは心臓が跳ねるのを感じた。どくどくと鼓動が早くなる。
なんなんだ!? これは……。私は毒でも盛られたのか!? いいや、そんなはずない!! それならなぜ!? なんだ、この胸の苦しさは!!??
「姫様?」
パニックになるヒルリアの内心など、全く伝わらずノビリスはにっこりと笑う。
「私は、なにかお気に触る事でもしたでしょうか?」
その笑顔に、ヒルリアは何でかはわからないが怒りが込み上げるのを感じた。
「……公子、近すぎるだろう。婚約者でもないのに、このような距離で」
顔を背ける。……本当は逃げ出したかったのだが、背後は池。どこにも行けなかったのだ。
「そうですよね。申し訳ありません」
だが、ノビリスはさらににっこり笑うと、すっと体を離した。
「確かにあのハスは美しいですよね。孤高な雰囲気が姫様によく似ていますし」
英雄姫が花に例えられたりし、ない。人はヒルリアの存在に獰猛さを見出しても、花のような雰囲気を持つと言った人間はいなかった。
それなのになんのこだわりもなくあっさりと言われて、ヒルリアは思わずノビリスを見た。
「私があのハスに似ているわけなどあるまい!」
否定はついつい強い口調になり、流石に客にそれは不味かったと思ったのだが。
「そうですね。あちらに咲いてる白い薔薇の方が、姫様にはよりお似合いでした」
公子はなんのこだわりもなく、来た道の方に咲いている大輪の薔薇を指さす。ヒルリアは思わず頭を抱えた。
「白薔薇にも似てないっ! 君は私を馬鹿にしているのか!?」
全く、あの公子はなんなのだ!!
ヒルリアはノビリスの接待を終えて、自室に帰るとぐったりとソファに伸びる。
「公子と会うのは残り九回か……。それまで、私の心臓は保つのか?」
らしくもなく、そんな事を考える。
私を花に例えるなど! その上、この英雄姫が白薔薇だと!?
ヒルリアの脳裏には、昼間見た公子の微笑む顔がぐるぐる回っている。自分の思考にヒルリアは苛立っていた。いや、それを想起させたノビリスにか?
なんだかわからないが今の自分は全く自分らしくない。その全ての原因は、あの公子なのだ。
私に白薔薇が似合うだと!? 本当に白薔薇が似合うのは、公子の方ではないか!!
そこまで考えて、ヒルリアはふっと思いついた。
「そうだ! 明日のパーティに公子に白薔薇を贈ろう! 棘を全部取って……それがいい!!」
公国では、花は男から女に贈るもの。つまり、お前など私に取っては女も同然。その意味を持たせられる。それに、もし公子がその意味に気づいても、棘を全部取った白薔薇は帝国では和平の象徴だった。ただ、二国間の平和を願って贈ったものだと言い抜けられる。
どちらを取るかは公子次第だ。
「そうだ。そうしよう!!」
ヒルリアは自分の思いつきに満足して、ニンマリと笑った。
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