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岬の幽霊屋敷
ある大雨の夜。
少女が裏路地をヨロヨロと足を引きずりながら歩いている。
傘もささず、服はボロボロ、傷だらけの身体をどうにか動かしながら、気力だけで夜の道を行く。見れば、左足は折れているのか、脛骨の辺りが変色している。
肩で切り揃えられた短い黒髪は、雨でびっしょり濡れて顔に貼りついている。すれ違う人はその様子をぎょっとした目でみるが、少女はそれに注意を向ける余裕もない。
通りの家々には暖かい灯りがともり、家族や恋人たちの楽し気な影が窓の外に映し出される。少女は度々そちらに目を向ける。アンバーの瞳に灯りがちらりと映るが、すぐに目を逸らしてまた歩き出す。
幸せそうな人々と、追いつめられたった一人逃げる自分が、窓一枚を隔てて隣り合っている。
耐え難い惨めさや寂しさを心の底に押し込めながら、少女は雨を吸って重くなった身体を引き摺り、歩いた。
少女の名はライラと言った。
――私は間違っていない
ライラはそんな気持ちを抱きながらも、「ここで終わりなのか」と絶望と諦めの感情を抱いて、固いアスファルトの上に視線を落とした。
その時、波の音が聞こえた。
顔を上げると、目の前に夜の海が広がっている。それに寄り添うように続く陸地の先に、岬が見える。その岬の突端に向かって、ぼんやりと雨に滲む光を放ちながら、外灯がぽつぽつと続いている。
一番端の外灯は手入れがされていないのか、ちかちかと点滅している。
その不安定な灯りに照らされて、大きな屋敷がライラの視界に映し出されては消え、映し出されては消えを繰り返している。
屋敷の灯りはついていない。
ライラはチャンスだと思った。
(あの屋敷は留守かもしれない。中へ忍び込めば休めるかも・・・)
三日間逃げ続け、体力は限界だった。身体中が痛みで悲鳴を上げている。
もう他に選択肢はない。最後の力を振り絞り、ライラは岬へ続く一本道を歩き始めた。
そうして、ライラはどうにか屋敷の目の前まで辿り着いた。屋敷の中は灯りの一つもついていない。外観は古びていて、外壁の塗装は所々剥がれ落ちている。
木製の窓枠にはささくれが見られる。壁にはびっしりと蔦が絡み、人の住んでいる痕跡すら感じられない。
「まるで幽霊屋敷みたい」
ライラは独り言のように呟く。
ただ、侵入を躊躇うような余裕はない。ライラは迷うことなく屋敷の玄関まで痛む身体を引きずった。そして、屋敷の扉にもたれかかるように身体を預けると、隠し持っていたピッキング道具を鍵穴に入れた。
屋敷の大きさから考えて、もっと厄介な作業になると覚悟していたが、意外にも、鍵は数分程度で解錠できた。
ライラは全体重を預けるようにしてドアを開け、倒れ込むように建物の中へ入った。
建物の中は闇に覆われている。灯りらしい灯りは一切なく、目の前に何があるのかもわからない。
(家主は不在なのかしら。できればしばらく、せめて足の痛みが引くまでここにいられればいいけど・・・)
ライラは自分の左足を見て思った。この痛み方腫れ具合から考えると、恐らく折れているだろう。治るのにしばらく時間が掛かりそうだ。
それにしてもと、ライラは床を手で撫で回すように触った。
(このカーペット、すごくふかふか)
足元に敷かれた毛足の長いカーペットは、ライラの寝蔵に置かれた硬いベッドや古いソファよりも柔らかく、遥かに寝心地が良さそうだ。
(寝ちゃうかもしれない)
そう思ったときには、もう身体はカーペットの上に横たわっていた。
(少しだけ休ませてもらおう)
ほんの少しだけ、家主がいない間だけ、そう自分に言い聞かせながら、ライラは深い眠りへと落ちていった。
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